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ちら、と、一瞬、サギスさんがわたしの方を見る。――いや、見ているのはわたしの背後か。
逃げ道を確認しているのかもしれないが、残念ながら、この先は行き止まり。空いている檻はいくつかあるだろうが、鍵を持っていないので、開けることができなければこもることもできない。
この場から動くには、王子の横をすり抜けて、扉へと向かう必要がある。出入りできる場所はあそこしかないのだ。
「――落ち着いてください、リアン王子。何の用でこちらに来たのかは知りませんが、このまま帰っていただければ他言はいたしませんので……」
「誰に物を言っているんだ!」
サギスさんの言葉に、リアン王子は怒鳴り声で返す。
今はまだ、何もしてこないが、このまま彼をなだめることは無理そうだし、ただの言い合いで終わる、ということはなさそうだ。
かといって、こちらから乱暴な手段を取ることは難しい。相手が相手なので、確実に手を出してこない限り反撃できないのだ。何か明確に武器を持っていればそれを材料に攻撃することができたかもしれないが、サギスさんがそれをしないあたり、持っているものはそういった類の物ではないのだろう。
「――獣人なんか、皆死ねばいいんだ」
「グルルル、ガウ!」
アルディさんが、本気で吠える。でも、リアン王子はひるまない。
「そこでおとなしくしていろ」
リアン王子がそう言うのと同時に、サギスさんがわたしをかばうように覆いかぶさってきた。彼の肩越しに王子が何かを持って振り上げたのが見える。あれは――薬瓶?
――ガシャン!
思い切り、王子が薬瓶を床に叩きつけた。ビンの砕ける大きな音が耳に突き刺さって耳鳴りがする。
むせ返るような、甘い匂い。ほのかに、柑橘っぽい香りも混じる。
「お嬢様、直接吸っては駄目です!」
サギスさんの声に、わたしは口元を押さえたが、少し吸ってしまったのか、くらくらする。意識を失う程ではないが、気持ち悪い。
見れば、サギスさんも、腕で口と鼻を押さえるようにして、王子の方を見ている。
少しして、どさ、と何かが倒れる音がする。……王子が立っていない。
見れば、割れて中身が全て出てしまった薬瓶の近くに倒れ込んでいた。
「違法の眠り薬です。直接嗅がなければ、多少は時間が稼げますので、呼吸には気をつけてください」
腕で口と鼻をふさいでいるサギスさんの声は随分とこもっていたが、この距離だとちゃんと聞こえた。わたしはこくり、とうなずく。
「お嬢様、鍵を――」
わたしは持っていた獣化棟の扉を開ける鍵をサギスさんに渡す。しかし、鍵を求めたはずのサギスさんは、目を丸くして驚いていた。
「――一本だけ、ですか? お嬢様、檻の鍵は?」
「預かっていないです」
その言葉に、サギスさんは顔を青くした。
「この薬は人間には眠り薬程度の効果しかありませんが、動物には命取りになります! しかも、小動物であれば、十分持てばいい方なんです」
サギスさんの言葉に、わたしまで、血の気が引いた。




