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どうしてこんなところに彼が。こんなところ、と言っては第二騎士団の皆に失礼かもしれないが、ここは獣化棟。リアン王子が来るような場所に見えない。
アルディさんに目線を合わせるためにしゃがんでいたわたしは、慌てて立ち上がる。
「お、お久しぶりです、リアン王子」
警戒はするけれど、何かしているわけじゃない。もしかしたら、わたしが想像できないだけで、何か、普通の用事が彼にはあるのかもしれない。
そう思って、なるべく穏便に話を進めようと声をかけたが、すごく震えてしまった。いかにも、意識しています、というのが丸わかりな声音である。
ざり、と王子が一歩、歩く音がする。一瞬で、護衛が剣を鞘から引き抜いて構える。
「不敬だな」
言い捨てるようなリアン王子の声。しかし、サギスさんは「護衛ですから」と、ひるむことなく、わたしの前から動くことはない。
「不審なことをしなければ、こちらとて、何もいたしません」
サギスさんの声に、王子はなにも答えなかった。
「――その手の物の、中身はなんですか」
サギスさんが鋭く質問を投げかける。
手の物。わたしの位置からだと、丁度サギスさんが影になって、王子の手元が見えにくい。かろうじて左手の方は見えるが何も持っていない。
おそらくは、彼の利き手である右手で、何かを持っているのだろう。
「――……全部、そこの男が悪いんだ」
王子はサギスさんの問いに答えない。話すタイミングのせいで話が成立しているように聞こえるが、その実、全くもって会話になっていない。
王子はただ、言いたいことを言いたいよう、言葉にしているようだった。
「全部上手くいっていたのに――余計なこと、しやがって!」
王子の叫びに、「ぐるるぅ、がう!」とアルディさんがうなり、吠える。
「こいつが黙っていれば、オレは今頃兄さまに勝てたってのに!」
兄さま――第一王子であるローザス王子のことだろう。勝てた、というのは、みなまで言わなくとも察せる。
王位継承争いのことだろう。
彼にもまた、その地位がはく奪されることが知らされたのだろう。
アルディさんが彼に何をしたのか分からないけど――わたしからしたら、リアン王子より、アルディさんのほうが信用できる。アルディさんが何か悪いことをしたわけじゃないはず。
「落ち着いてくださいませ、リアン王子。何をそんなに興奮して――」
「うるさい!」
リアン王子は、ルルメラ様のように、一度下に見た人間はいつまでも下にいると思っている人間で、自分より格下な相手には不遜な態度を取る。
それでも、本人なりに王位を目指していたのか、彼が人前でここまで取り乱すところは見たことがない。
まるで、自暴自棄になっているような……。
いや、『まるで』なんかではない。正真正銘、やけくそな状態に見える。
――……王位継承権をはく奪される事実を、彼は受け入れられなかったのだろう。当然、と言えば当然なのかもしれないが。




