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どうして。どうしてか……。
「……心配だったから、ですかね?」
身も蓋もない言い方をすれば、わたしがここに来たって、なにもすることはない。仮にいつかまたブラッシング係に戻ることになったとしても、今は違うし。第二騎士団の団員ではなくなったから、なにかできることもないし、そもそも、ブラッシングばかりしてきたから、こういうときの対処法すら知らない。
でも、アルディさんのことが気になって、ここまで来てしまった。
「だって、あんなに急に姿が変わったんです、関節とか、いろいろ痛くなりそうだなって……」
すす、とアルディさんがまた文字を書く。
『痛い、ない。本当』
身をよじったり、一瞬立ち上がったり、これでもか、というくらい、動いて元気な姿を見せてくれる。
強がりではなく、本当に大丈夫らしい。同じ国で生きている獣人のこと、知らないことばかりだな……。
「……よかった」
なにはともあれ一安心だ。
わたしの言葉を聞いたアルディさんはしっぽをまた立てて、皿にまた前脚をつけるかどうか、迷っているようだった。ちょんちょんと前脚が上下する姿がなんだか可愛い。
――ぱしゃん。
唐突に彼は前脚を皿につけたまま、顔を上げた。でも、こっちを見ていない。せわしなく、彼の耳が動いている。
アルディさんの視線を向いている方をたどれば、そこにはサギスさんがいた。――腰に下げた剣の柄を握っている。
「な、なにを――アルディさんは大丈夫だって――」
「お嬢様、静かに」
――いや、違う。サギスさんの視線もまた、こちらに向いていない。彼の態度からして、アルディさんにいい感情を抱いていないのは分かっているが、でも、決して害そうとしているわけじゃなさそうだ。彼の視線の先は、獣化棟の外へと繋がる扉へ向いていた。
二人が何を警戒しているのか分からなかったが、次第に、わたしの耳にも届くほど、ばたばたと品のない足音が聞こえてくる。その音に、アルディさんだけでなく、檻にいた全員が反応して、近くに寄ってくる。
――……異様な、雰囲気。
ぴりぴりと、全員が全員、警戒していることが伝わってくる。
――バタン!
勢いよく、扉が開く音がした。獣化棟の扉を、誰かが開けた。
いや、誰か、なんて、とぼけなくたって、扉を開けたらすぐにわたしのいる廊下があるのだから、開けた誰かのことなんて、一発で見える。
でも、『誰か』と、濁して、そこにいる男のことを認めたくなかった。
「リアン、王子――」
かつての婚約者。
わたしに『地味姫』と名付けた張本人。
この国の第二王子が、そこにいた。




