47話 新拠点とレベルアップなのです
アキはステータスボードを満足げに眺めていた。レベルアップである。皆のレベルが上がり、リアリティエチュードも6級になった。スラム街掃討作戦は大成功であったといえよう。殺人鬼を殺しまくったので名声が爆上がりである。
「後は買い取った家屋を全て更地にして、大きな屋敷を建てれば終わりだな」
商店の私室にてアキは酷薄な笑みを浮かべて、今後のスケジュールについて考える。雑然とした廃屋を潰して、立派な屋敷を作る。噴水やプールもあった方がいいかな。少しワクワクしちゃうのは仕方ないよね。
「私たちが建てちゃうね」
「しっかりとした設計図から書こう」
「一夜で建てるから」
「更地からだね〜」
「スケジュール管理よろしく」
「城を建てるのは飽きたので、屋敷を建てるのを手伝うのですよ」
6人の工作妖精たちが、まだ昼間なのに姿を表してリフォームするための計画をたてている。この小人たちは真夜中に人が寝静まる後に働くんじゃなかったっけ。相変わらず働き者の小人たちだ。労働基準法という法律は妖精界にはない模様。
「んと、その場合スラム街はどうなるのですか?」
金髪おさげをフリフリと振りながら、幼気な体躯のメイが小首を傾げて尋ねてくる。元は悪党の部屋は結構高そうなソファが置いてあり、頑丈そうなテーブルに安っぽい壺や絵画が飾られて、執務机がある部屋だ。
メイの他にも最近は獅子の獣人姿になっているニアが脚を組んで凄腕戦士のように座っている。本当は魔術師なのに大剣を横に飾っている。そして本当は格闘家のトオルが魔術師風にローブを羽織ってのんびりとしていた。
実によくわからない集団である。私の劇団の劇団員だ。他にも音楽妖精に光源妖精、日雇いで下忍の皆さんもいます。
「あぁ、だって買い占めたからな。結構広い敷地を買い占めたから、豪勢な屋敷を建てたいと思うのだがね?」
「そこに住んでいる人たちはどうなるんだ? 空き家だと考えて住んでいる者たちが大勢いるだろう?」
「追い出そう。不法占拠は罪になるのだよ」
ニアの問いに、お人好しそうな笑顔でニコニコと表情を作りながら、その実は容赦ないセリフを吐く悪魔のような男アキである。悪魔というか地獄の獄卒なので、あながち間違いではないが。
そんな事よりも豪華な屋敷だ。噴水にプールも欲しい。豪華な屋敷は男の夢の一つだろう。
「スラム街の一角を潰すだけだ。他にも空き家などは大量にあるはずだろう」
「むっちゃスラム街の土地を買い占めたように見えるのです」
「不思議なことに大金を寄付してくれる人がいたからな。それらを使ったんだ」
酒問屋のヘンシデン、娼館を経営していたポイナンやスラム街一番の縄張りを持っていたムンバル。彼らは地獄への渡し賃として全財産をはたいたのだ。現金だけでかなりのものがあり、タダ同然のスラム街の土地の4割を買えるほどだった。実際に全て使い切って買い占めた。役所が正気かと私をジロジロと見てきたのがなかなか痛快だったな。
「争いが起きそうなのです」
「低レベルな戦争が起きるかもしれぬ」
心配性なメイと、クールな戦士風魔術師ニア。今後のことを考えているのだろう。たしかにそうなるだろうなぁ。
殺人以上の罪を犯した者たちは不思議なことにこの地を去って地獄へと引っ越しをしていったので、力自慢はほとんどいなくなった。もちろん縄張りを支配しているボスは全員引っ越しをした。
その結果、弱者と呼ばれた者たちが居場所を求めて戦争を繰り広げる。そして戦争の勝者が力自慢のボスになり、しばらくすると引っ越しを考えるという流れだ。
「それは可哀想だよね。団長はそこらへん考えていると思うんだけど、どうかな?」
ソファに寝っ転がって、甘えるように私を見てくるトオル。ふむんと私は顎に手を乗せて考えを告げる。
「自立しろとの一言だな。まぁ、しばらくは更地にするために人足を雇うつもりだ。建築にも金はかかるだろうし」
どうせこの世界の金貨に私は価値を見いださない。なので、湯水のように使うのだよ。まだまだ金貨は沢山ある。6千枚は残っているしな。
「建築が終わったらどうするのです?」
「執事にメイド、下男下女、まぁ、家族ごと雇っても構わない。それにだ、考えたんだが、こんな小さな拠点だけではなく、領地も欲しくないか? どこかの男爵辺りを傀儡にして、裏で操るんだ。劇の素材として色々と使えると思うんだよ」
ポンポンとステータスボードを叩きながら考える。領地を栄えさせたりする成り上がり男爵とかいう話とか劇に良いと思うんだ。
「王都と男爵の僻地というわけか。面白いと思うぞ?」
ニアが片眉をあげて、ニヤリと面白そうな表情になる。そうだろう、そうだろう。私もそう思うよ。
「スラム街に住んでいる人間たちは1万人程度。家族持ちも含めると世帯別にすると3000世帯程度。こう見ると少ない。だろ?」
「これによると……この地は男爵程度なら開拓すればという制限付きで男爵の地位は買えるようだよ。だいたいその金額は金貨千枚だね」
セージスキルを使用してトオルが教えてくれる。セージスキルというか、ステータスボードに書かれている内容を教えてくれるだけだけど。頭空っぽだと思われる少女なので、そこまで知識は持っていないが、魔術師スキルが知識を補助している。クグレルスキル持ちだ。
「港町アクアマリンのように、森林に阻まれている小さな平野と遠浅で港としては使えない南東の土地がおすすめのようだね。僕のスキルが教えてくれるよ」
フッとニヒルに笑うトオルだが、スキルが仕事しすぎだ。誰か教えてくれる人間がいるように見えるぞ。
「なぜその地を開拓しないかは簡単だね。森林には凶悪な魔物。浜辺にも凶悪な魔物、平原にも凶悪な魔物。魔物だらけらしいよ。下手に手を出しても開拓は成功しないというわけさ」
「そこはレベルアップしている私たちならなんとかできそうだが……。まぁ、とりあえずは頭の片隅においておこう。ありがとうトオル」
「素敵な旦那様のためだからね。気にしなくていいさ。よよ、よる、よよや」
最後のセリフがバグったかのように赤面するトオルをスルーして、まずは動き始めることにする。
「人海戦術と行こう。ニア、スラム街の連中を雇え。一月で大銀貨3枚で良いよな? 昼飯付きで。人数は1000人だ」
地球の円換算にすると一月3万、日給銀貨1枚、千円。なんて高給なんでしょうか。私は聖人かもしれないね。照れるなぁ、褒めないで良いよ。
「ふむ………昼飯にはいくら使うのだ?」
「大銅貨3枚程度でよろしく。そうすると、総計金貨400枚。後は大工に煉瓦やら窓ガラス、家具に調度品。予算は合わせて金貨5000枚ぐらいか」
手持ちに千枚の金貨を残しておけば良いだろう。それに後はラム酒や砂糖に香辛料と売るつもりだし。
「貴族と違って、全て格安ですませることができるようですね」
「これが貴族なら、この数十倍は金をかけるんだろうなぁとは思うよ」
これはスラム街だからこそ使える作戦だ。格安工賃で働かせる。まぁ、地球でも同じだった。海外の賃金の安いところで工場を建てて、物を作るのだ。この作戦の弱点は長く続けると、人々の工賃が高くなるところだが、長く続けるつもりはない。
「せいぜい1年程度。その間、頑張って働いて貰おうじゃないか」
「全然スラム街の人々を救うつもりはないのですね」
パタパタとちっこい脚を振って、幼女は私の顔を見てくるが、別段責めている様子はない。確認のためだ。
「1年間も雇用するんだし、将来的にはうまくいけば開拓民としても雇用できる。それ以上はする気はないな。私は黒幕を楽しむ幼女じゃないんだ。劇作家なんだぞ?」
「そうだな。我々は我々の都合で動いている。後は適当でいいだろうよ」
重々しくニアが頷き同意する。
「雇ってあげるだけでも良いと僕も思うよ。だってスラム街の人たちって、身元保証されないから仕事もなかっただろうし」
トオルもふわぁとあくびをして、スラム街の人たちについてまったく気にする様子はない。王都といえど、身元を保証してくれる人がいない者たちは雇われない。たとえ貧困層の人たちでもだ。貧困層には貧困層で身元保証人がいるのである。
身元保証人のいないスラム街の人間はまともな仕事にはつけない。それがこの世界の鉄則だ。傭兵になるか、日雇いの肉体労働者になるしかない。そして肉体労働も毎日あるわけでもないのだ。
「開拓をして男爵をするには5級は欲しい。広範囲魔術攻撃が可能になるからだいぶ楽になる。6級にもあるのだが、一回しか使用できないから、もう一級上げたい」
「ニアの広範囲って、超広範囲だよな?」
「そうだ。しかし使い道は限定されるぞ」
回数制のニアの魔術はこの世界の魔術師が扱う魔術とは比べ物にならない威力を持つ。ただし、最大9回しか使えないので、利便性では既存の魔術よりも遥かに劣るんだけどな。
「僕は既存の魔術だから安心して良いよ!」
「メモ帳を読みながら魔術を唱える人間はあまり頼りにしない」
メモを読まずとも魔術を使えるようになってください。
「まぁ良いや。でだ、話を変えるがゲイザーの噂は聞いていないな?」
引っ越し業者のゲイザー君。勧誘率は100%だけど、スキルとかで見られた可能性がある。
「ログに監視されたとか出力されなかったから大丈夫なのです。それよりもゲイザーの魔眼はもう使いたくないのです」
珍しく嫌な顔をメイがする。幼女は苦手なピーマンを食べたかのように顔を顰めさせて腕をプルプルと震わせてみせる。
眼魔ゲイザー。スキル1の状態異常を付与する魔眼を操る魔物だ。魔物というか、キグルミだけど。レベル1なだけあって、効果はしょぼい。『麻痺』『混乱』『睡眠』『沈黙』『盲目』を付与できるし、身体の魔眼の数だけマナの消費なしに使える。なので、格上相手にも連打すればいつかは抵抗を貫くことができる強力な魔眼だ。
自動失敗となるレベル5相手以外には使えるが、問題は発動にボタンを押さないといけないところ。メイ名人の16連射と、指を震わせてスキルを発動しないといけないらしい。雑なシステムである。
「まぁ、もうゲイザーの出番もあまりないだろうよ。それよりもこの王都でなにか不吉な伝説とかを探そう。ゲイザーに繋がる伝説が良いね」
「手前味噌なのです」
「天才劇作家たる私は現地に行ってから劇を考えるのだよ」
ふふふとほくそ笑み、適当なる劇作家だと自身で告白するおっさんである。エチュードが基本だから仕方ないだろうが。
「と言うわけで、大工組みと伝説探索組に別れて行動するとしよう。皆、任せたよ?」
お人好しの笑みで、ニコニコと告げると、そうしますかと皆は行動を開始する。
さて、私はひとまず……昼寝でもしようかな。少し疲れたよ。




