第90話 魔女は王様に叱られる
あっという間にベッドの周りに王族が大集合してしまった。と言っても、レナートの母アンナや王妃は部屋の隅に並んで、ニヤニヤと笑いながら他の面々を見ているだけだったが。
テネリが意識を失ってからのことは、レナートが中心になって、たまにミアの補足を受けながら教えてもらった。先王フェデリコが聖騎士団を率いて後始末をしたことや、アレッシオが少しだけ活躍したことも。
だが話を聞いてなお、目の前に王族が勢揃いする理由は思い当たらない。強いて言えば、派手に暴れすぎたせいで国の管理下に置かれることになったか。
「えっと……?」
レナートに支えられながら身体を起こす。ソフィアがすぐにブランケットを肩から掛けて、レナートがそれをテネリにぐるぐる巻きつけた。
「あー! 早速イチャイチャすんのやめてくださーい」
「これだけでは全然足りないので、さっさと用件を言いやがっていただけますか、殿下?」
アレッシオが目ざとく反応して揶揄おうとしたが、幼馴染であるレナートには効果がない。
反論しようにも返す言葉が見つからなかったらしく、アレッシオがモジモジと手をこすり合わせながら口を開いた。
「その……昨日はすごく助かったよ。ありがとう」
「私からも礼を言う。この国の聖王として、窮地を救ってくれたことに心から感謝しよう」
「え、あ、はい」
横に立つ聖王ディエゴも頭をポリポリと掻きながら、同様に謝意を告げる。テネリにしてみれば、自分のしたいようにしただけだ。お礼を言われる筋合いもないのだが、悪い気はしないので勝手に言わせておくことにする。
そしてまた沈黙が落ちた。用件はそれだけではないだろうにとテネリが訝しんでいると、アレッシオが大きく息を吸った。
「でもさぁ!」
「えっ?」
「魔女が魔女を殺したら死の制裁があるって聞いたケド! なのになんで自分でどうにかしようとするかなぁ!」
一体何を叱られているのかわからず、テネリは目をパチパチと瞬かせた。
ディエゴも、オホンと咳払いをひとつしてから眉を寄せてテネリを睨みつける。
「確かに私は当初、テネリ嬢に対して良い印象を持っていなかった。だが君はその行動でもって、魔女である前にテネリ・ローザであると証明してみせたではないか。もはやリサスレニスの国民となった君を、魔女にむざむざ殺されてたまるか!」
「えっ? いや、えっ?」
テネリには、二人が何を言っているのかやはりわからない。助けを求めるようにぐるりと視線を巡らせると、レナートが苦笑しながらテネリの髪を撫でた。
「先に相談しろってことだよ」
「相談?」
「もしテネリがインヴィを殺して、全ての魔女から追われる身になったら――」
レナートの言葉をアレッシオが引き取る。
「国内の警備を厚くしないとならないってハナシ。聖騎士団の人員も増やさないとだしさ」
「カエルラとの協力も必須になるであろう」
「もしかして、ぜんぶの魔女と敵対する気? あのね、人間に協力的な魔女も知ってるから、リサスレニスが困るようなことにはしな……」
「そういう問題ではない! テネリ嬢はもう、リサスレニスの民なのだぞ」
声を荒げたディエゴに、アンナと王妃の茶々が入る。
「一晩中、それはそれは心配そうに『まだ目覚めないのか』って、定期的に確認してらしたものねぇ」
「ええ! もう少しで侍医をクビにするところでしたわ」
「う、うるさい!」
真っ赤になったディエゴの瞳には、今までにない親愛の色が浮かんでいた。テネリの瞳にも熱いものがこみ上げてきたが、誤魔化すようにフフフと笑い声をあげる。
そこへ、先王フェデリコが一歩前へ出てテネリの前で跪く。
「リサスレニスの協力者、そして恩人リベルの娘、テネリ・ローザに心からの感謝を。儂はリベル・ノックスに何度か会ったことがあると言ったが……彼女が儂の初恋だったと伝えたことはあるかな」
「ええっ」
「儂の生きているうちは、必ずテネリの助けとなることを彼女に誓った。意味はわかるね」
「魔女に誓うのはおすすめしないよ、相手がリベルでも」
人間が魔女に何かを誓うのは、一方的に搾取されるのと同義だ。魔女は契約でさえ、人間と対等なものを結ぼうとは思わない。
だがフェデリコの微笑みは、リベルへの誓いに後悔がないことを表している。
「恩人である彼女のために、力を揮うことができて安心しているよ」
言葉の裏に隠された気持ちが、テネリにはわかる。
フェデリコと同じ眼差しを今までに何度も見たからだ。例えば夫を亡くした革屋のばあさんだとか、数百年前に恋した誰かの話をする育ての魔女だとか、それにボブじいさんも。
フェデリコの働きについて、アレッシオとレナートとが次々に説明した。
「先ず法の改正だね。ジイ様、王位を譲ってからずっと庭いじりしかしてなかったのに、急に活動的になるからみーんなビックリしちゃってさ」
「先王陛下は昨日も、結界の向こうで民を諭してくれたんだそうだよ。『善なる魔女テネリ・ローザを恐れるな』と」
「いやいや、さすがに人間に魔女を受け入れさせるのは難しいでしょ」
「これからの民の反応を楽しみにするといい」
テネリの困惑をよそに、レナートはいたずらっ子のように片目をつぶって見せる。フェデリコもまた立ち上がって笑みを浮かべた。
「リサスレニスは薔薇の魔女を友人として、民として歓迎する。そして魔女のいない国から善なる魔女のいる国へと生まれ変わる」
「なんか……善人であれっていう圧がすごいね」
「そこは善人であってほしいな!」
アレッシオがおどけてみせると、室内に笑い声が溢れた。
リベルが死んだときも、カエルラを追われたときにも、テネリはこんな日が来るとは想像だにしなかった。これからはミアとふたりだけで生きていくのだろうと思っていたのに。
黒猫がベッドへ飛び乗り、ニャァと鳴いてテネリの膝の上で丸まった。




