第9話 聖騎士様は王子様に報告する
レナートは予定より半日ほど遅れて聖都の王太子宮にいた。人払いを済ませた応接室にはレナートと、王太子であるアレッシオ・ノーダスだけが向かい合って座っている。
「さて……あんまり時間も無いし手短に終わらせようか。おおよそのことは手紙を貰ったから把握してるつもりだよ」
「恐縮です。確認事項があればどうぞ」
「まず、聖女の保護をありがとう。我が国において聖女を見つけられないどころか、魔女と間違えるなんてあってはならないことだよ。責任の所在と追及はこっちで確認しておく。ところでこれは魔女が助けてくれたんだって?」
「はい、彼女がいなければ我々は聖女を失うところでした」
アレッシオの目がスッと細くなる。レナートも相手が何を考えているか理解し、細く息を吸った。
「この点は後でもう一度確認しよう。先にこっちだ。ドゥラクナで魔女の作る魔法薬が発見されたとか」
「依存性を高める作用のある薬でした。流入ルートを確認するため、現在は泳がせています」
これが、聖都への到着が予定より遅くなった理由だ。関係者それぞれに連絡を入れ、事態の収拾および今後の対応策を講じて来た。
ミアの調査により、本件にドゥラクナ伯爵が関与していないとわかったのは不幸中の幸いだろう。
カフェ・ファータに密かに侵入して薬を破棄し、今は関係者の動向を注視しているところだ。ドゥラクナ領への納入物品すべてをチェックできれば早いのかもしれないが、そう簡単なことではない。
「泳ぐ子牛亭の方にも連絡入れてくれたんだね、助かるよ。僕も料理長のことは気に掛けてるからね」
「彼らがカフェ・ファータの料理を食べないはずがありませんし、料理長が挨拶に来なかったのが少々気にかかりましたので。食べないようにとの注意喚起に殿下のお名前を拝借しました」
泳ぐ子牛亭の料理長はかつて王宮のキッチンに立っていたことがある。
故郷で店を出したいとの強い希望により城を離れたが、レナートもアレッシオも機会があればできるだけ彼の店で食事をしたい、と思うほどには彼の腕も性格も買っていた。
「さすがに魔法薬のことは言えないもんね、それは構わないよ。それで、だ。これを発見したのも例の魔女だって本当?」
「ええ。薔薇の魔女です」
「大活躍だね、随分と都合がいい。彼女はどこまで信じられるのかな。自作自演の可能性は?」
やっぱりか、とレナートは背筋を伸ばした。
実はテネリも、ソフィアが捕縛されたことには魔女が関わっているのではないか、と言っていた。カフェ・ファータの件で確信を強く持ったらしい。
だがそれらの事件に関わる魔女がテネリではない、と証明することはできないのだ。
「俺は……少なくとも聖女の件についても魔法薬の件についても、他に真犯人がいると考えています。テネリには聖女を助けるメリットがない」
「へぇ、テネリって言うんだ。レナートが魔女の術中にハマってる……なんてことはないかな?」
「それはあり得ないことを貴方が一番よくわかっているでしょう」
「あり得ないとは言い切れないよ。僕だって、魔女に会ったことはないんだからね」
応接室に沈黙が訪れる。
が、王太子ひとり説得できないようではテネリの永住申請など、聖王陛下が聞いてくれようはずもない。
レナートは深く息を吐いてからアレッシオに向き直る。
「魔女に関する情報を引き出せると考えれば、十分監視下に置く価値があるかと」
「そう言えば、この国に住まわせたいとも書いてあったね。もしそのテネリが犯人だった場合は?」
「責任を持ってこの手で首をとります」
アレッシオは徐にテーブルに並ぶクッキーへ手を伸ばす。その緩慢な動作は、アレッシオが相手を観察するときに行う癖だということをレナートが最もよく知っていた。
視線はクッキーにあるのに、それ以外の全ての感覚が己に向けられている緊張感で、レナートは自身の身体がソファーへ深く沈んでいくような錯覚に陥った。
「長旅で疲れてるとこ悪いんだけど、さっそく明日は聖女のお披露目会なんだ。君たちが半日遅れて来てくれたおかげで、ちょっと面白いことになっていてね」
「面白いこと、ですか」
「テネリをどう扱えばいいのか、君はそこで悟るだろうね」
太陽のようなブロンドの髪を揺らしながらクスクスと品良く笑う姿に、レナートは嫌な予感を覚えた。
少々性格に癖のある王太子が「面白い」と表現するなら、それはレナートにとって面白くないことに決まっている。
何か言い返したくなって、紅茶で唇を湿らせた。
「まさか命の恩人に向かって感謝より先に疑念を抱くとは、聖女様が知れば深く悲しまれることでしょう」
「聖女が知ることはないから問題ないよ」
「俺が言いますよ」
「あはは。レナートはその魔女が随分気に入ってるようだ。明日が楽しみだなぁ」
アレッシオはひとしきり笑うと、護衛と執事の入室を許可した。話はここまで、ということだ。
有無を言わさずテネリを捕らえるよう言われる可能性もあったと考えれば、第一の関門は突破したと言える。レナートは丁寧に挨拶をして応接室を辞した。




