第87話 聖騎士様は魔女の姿を探し求める
レナートとアレッシオが応接室でソフィアを見つけたとき、犯人グループのほとんどはソフィアのそばにいた。彼らはインヴィを解放しておきながら、コントロールできないことを知ってソフィアに助けを求めたのだ。
ソフィアは敷地の外の結界の他、建物の中においても魔女の攻撃を防ぐための防護結界を張っていた。そのせいで魔力の消費が激しかったのだという。
その場にいた犯人たちはいったん全員拘束し、外へと出ることにした。
しかしガスパルは見つかっていないし、ソフィアの話によると他にも数名、インヴィとの交渉を諦めていない者がいるらしい。
「敷地外の結界だけに絞って良いのなら、もう少し耐えられます。殿下もいてくださいますから、私よりテネリ様を」
レナートはソフィアの言葉に感謝して、テネリを探すために応接室を出た。先ほど別れたときのテネリの瞳には、何か嫌な覚悟のようなものが見えて気ばかりが焦る。
「二階の音が静かになったな……」
廊下へ出ると、明らかに戦闘状態にあったと思われる二階からの騒音がピタリとやんでいることに気づく。レナートは足がもつれそうになりながら急いでエントランスへ戻り、階段を駆け上がった。
到着した部屋はただ広々とした空間に薔薇が咲き乱れるばかりで、テネリの姿もインヴィの姿もない。
「テネリ……?」
「あらっ、テネリはここにいないのね?」
レナートがテネリの名を呟いたとき、黒猫のミアが部屋へと入って来た。なぜテネリがいないのかと問うミアに、レナートは簡単に状況を説明する。
「――というわけで、ここにインヴィをおびき寄せていたはずなんだ」
「ソフィアを保護してくれたんなら良かった。アタシのほうはさっき、向こうの部屋で騎士の死体をいくつか見つけたわ。死体にはインヴィの魔力痕があった」
「なんだって?」
「空っぽの薬瓶もね。だからあの女、アタシたちが思ってるよりずっと回復してるはずよ。ただの力比べならテネリが負けるとは思わないけど……待って、何か聞こえる」
耳を左右にひくひくと動かして、外が騒がしいと言う。確かに、レナートの耳にも男の悲鳴が届いた気がした。
「場所を移したのだろうか」
「どうかしら。とにかく、ひとりで戦おうとしたんならテネリはインヴィを殺すつもりよ。でも早く止めなくちゃ、本当に殺したらテネリが死んじゃうわ」
「待て、死ぬとはなんだ」
走り出そうとした黒猫をレナートが呼びとめる。テネリが死ぬとはどういうことか、聞き捨てならない話だ。
「掟よ、同族殺しには死を。急ぐわよ!」
屋敷の階段を駆け下りる際に、インヴィの高笑いが聞こえて来た。レナートは嫌な予感に全身から血が引いて行くような感覚を覚えながらも、必死に足を動かす。
先を走るミアが落ちていた何かを咥えて、また走り出した。後を追って外へ出ると、蔓薔薇が運んで来た剣を、テネリがインヴィへ突き付けるところだった。
いつか聞いたテネリの説明によると、魔女は長い時を生きるし再生能力も高いが、再生が追い付かないほどの損傷を負うか、首を切断されたり心臓を壊されたりすれば死ぬ、らしい。
「テネリ!」
テネリが生きていたという安堵と、今にも同族殺しに手を染めてしまうのではという恐怖とが、同時にレナートを襲う。足の速さには自信があるつもりだったが、今は一歩で進める距離の小ささが恨めしい。
「アンタ何してんのよ! アタシはまだ死にたくないわよ!」
先に到着したミアが全身でテネリに体当たりした。叫んだミアの口から何かが落ちて転がる。レナートがそれをテネリの杖だと理解したとき、よろけたテネリが膝から崩れ落ちた。
テネリの様子がおかしい。剣を地に刺し、支えにして立ち上がろうとするが、顔色は悪く息も荒い。
そしてそんなテネリを嘲笑うように、バチバチと音をたてながらインヴィを拘束する薔薇が爆ぜた。
「よく躾けられた猫じゃない。おかげで命拾いしたわ、褒めてあげる」
「テネリ、テネリ……!」
ようやくテネリの元へ到着したレナートは、すぐにテネリを抱きかかえて状態を確認する。腕や頬、それに周囲の土にも血がついている。小さな傷ではない。怪我はわざわざ探すまでもなく、胸を斜めに大きく走っているのがわかった。
怒りで頭が真っ白になりながら、テネリを腕に抱えたままインヴィを睨みつける。目が合ったインヴィは、喜色を浮かべて身をよじった。
「ああ、イグナス! 会いに来てくださったのね」
「……ミア、アレッシオを呼んでテネリを外へ連れていってくれ」
「もうこっちへ向かってるわ」
ミアの言う通り、視界の隅でアレッシオがソフィアを支えながら、もうすぐそばまで来ているのが見えた。レナートはテネリを強く抱いたまま、深く息を吸う。
「お前は俺が殺す」
「まぁ! もしかして薔薇の魔女におかしなことを吹き込まれたのかしら、可哀想なイグナス。わたくしよ、インヴィよ。一緒にカエルラへ帰りましょう?」
「レナ、トは殺しちゃ、だめ」
レナートを止めようと、息も絶え絶えに言葉を発するテネリの頭を撫でる。到着したソフィアにテネリの状態を伝える横で、アレッシオが腰から剣を抜いてインヴィへ向けた。
「動かせる状態ではありません。私がここで治癒を」
「ああ、頼む」
ソフィアもまた、既に限界のようだ。青ざめた顔色で今にも倒れそうだというのに、浅い呼吸を繰り返しながらテネリの胸元へ両手を掲げる。涙の混じる声でテネリの名を呼びながら。
「ふっ……アハハハハ! 結界が消えたということは、癒しを優先したのね。テネリなんかのためにそこまでするなんて、ちょっと笑っちゃうけど……でも同じ魔女として感謝するわ、これで外に出られるもの」
「させない!」
アレッシオが大きく踏み込んで斜めに斬りかかるが、その身体はぼんやりとして実体を失っている。勢い余って態勢を崩したアレッシオから、インヴィはふわりと距離をとった。
「嫌ですわ、殿下。あんまりこの術を使わせないでくださいませ。……ふふっ。それじゃあ元気を取り戻したらまた会いにくるわね、イグナス」
「人違いで付きまとわれるのは迷惑だ」
レナートの腕の中で、テネリは転がっていた杖を握ってインヴィへ向ける。
「テネリ様、治癒はまだ――っ」
「インヴィ……逃がさない!」




