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逃亡先は、魔女のいない国でした -でも翠の瞳の聖騎士様に溺愛されてるから大丈夫です-  作者: 伊賀海栗
薔薇の魔女

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第83話 魔女は現場に到着する


  旧ベッファ・グラッソ邸の門前に3人の男女が並んだ。白銀の胸当(ブレストプレート)籠手(ガントレット)、豪奢な青灰色のマントを羽織るのはレナートだ。アレッシオは純白のマントが王族であることを示している。


 挟まれるように立つ小柄な魔女が呟いた。


「なるほどね……」


「なるほどってなにがさ?」


「結界、張ってあるじゃん。レナートとアレッシオならわかるんじゃないの」


 ふたりは眉を寄せて屋敷を見つめた。首を傾けていろいろな角度から見ていたようだが、そのうちにレナートが「ああ」と頷く。


「そうと意識すればなんとなくわかるが、なかなか難しいな」


「ソフィアやレナートたちの張る結界は、特性のせいか他の魔女に感知できないんだよね。目で見て初めてちょっとわかるって感じ」


「そういえばテネリ嬢は、インヴィの魔力を感知したから戻って来てくれたって言ってたね」


「うん。大きな魔法を使うと、少しくらいなら離れた場所でもわかるからね。ただこの結界があると中でインヴィが暴れててもわからないんだよねぇ。ずいぶん強力な――」


 テネリの言葉は、走り寄って来る何者かの気配によって遮られた。3人が振り返ると、そこには聖騎士団の副団長がいる。

 背後には屋敷を包囲する聖騎士団の面々が並び、そのさらに向こうには見物人たちが溢れかえっていた。耳を澄ませれば、空から降りて来たテネリたちを指さして「魔女だ」と囁きあっているのがわかる。


「報告します! 屋敷への包囲を完了後、何度か侵入を試みましたが不可視の壁によって阻害され遂行ならず。現在は近隣住民が近づかないよう警備しつつ屋敷の監視を続けております」


 握った右の拳を胸にあて、びしりと真っ直ぐに立つ副団長の姿勢や瞳に、レナートとアレッシオに対する溢れんばかりの敬意が表れている。

 しかし聖騎士団の副団長であるという立場を考えれば、魔女に向ける視線がどのような色になるか自ずとわかる。テネリは小さく深呼吸をして口を開いた。


「不可視の壁はソフィアの結界。多分ここにインヴィもソフィアもいて、ソフィアはインヴィを外に出さないために結界を張ってるね。効果対象に人間を含めてるのは、誰にも入って来させないため、かな」


「危険な状況にあるのは確かだ」

「のんびりとはしていられないね」


 レナートとアレッシオが腕を組んで難しい顔をする。先ずは結界の効果がどこまで及ぶのか確認するところからだ。魔力を持つ3人が素直に侵入できれば良いが、最悪の場合にはテネリでさえ壊せない可能性もある。


 アレッシオが意を決して門へ向かって一歩を踏み出した。追いかけようとするテネリに副団長の声が飛ぶ。


「テネリ様、どうか! どうか聖女様を……!」


「せいぜい頑張ってみるよ。もしこの結界を壊すことになったら、見物してる人たちを頼むね」


 真摯に頭を下げる副団長の姿は、テネリの胸の奥を力強く叩いた。ほんの数ヶ月前のテネリであれば、人間はこんな時ばかり調子よく頼る存在だと皮肉ったところだろう。だが、今は違う。


 再び屋敷の門へ相対すると、レナートがテネリの頭をぐしゃりと撫でた。


「かっこいいな」


「なんか、人間が好きになってきたよ」


「いいや、気づいていないだけで君は最初から人間が好きだった」


 どういう意味かと問い返そうとするテネリの額にキスをして、レナートが足早に門前へ向かう。


「んー!」


 これは反則だ。レナートはいつだってかっこいいが、出会った日そのままの騎士姿はテネリにとっても特別。生まれて初めてときめいた相手に、たとえ額であっても優しく愛情のこもったキスをされれば息が止まる。


 文句のひとつも言いたいところだったが、見ればアレッシオが門扉へと手を伸ばすところだ。テネリも慌てて二人を追った。


「良かった、僕は入れるみたいだ」


 門を押し開けたアレッシオの腕は結界の向こう側にある。恐る恐る伸ばしたレナートの手も、真っ直ぐに伸ばされたテネリの手も、なんの抵抗も感じられないまま結界を越えた。


「うわー。ここまで複雑な術式をピンチなときに組めるなんて、ソフィアはほんと天才だね」


「僕もなんだか鼻が高いよ」


「だが、殿下はここまでです。インヴィの対応も聖女の救出も我々が」


「わっ、とわっ」


 いのいちばんに敷地内へ一歩を踏み出そうとしたアレッシオの腕を、レナートが掴む。引っ張られたせいか驚いたためか、態勢を崩しかけたアレッシオが意味をなさない叫び声をあげた。


「ミア、お願い。ソフィアを探して」


「ニャー」


 男たちを尻目にテネリが自分のカバンへ声を掛けると、黒猫が飛び出して屋敷の裏手のほうへと走って行った。敷地内の探索とソフィアの捜索はミアに任せ、自分はインヴィに集中するべきだと考えたためだ。


「いや行くけど」


「なりません」


「えー? あ、わかった。僕が死んだら自分が王位につかないといけないからイヤなんだ」


「それはイヤですが今は関係ありません、さぁ、聖騎士団のほうへお戻りください」


「ねぇー、口論してる時間ないんだけ……ど……。ね、なんか聞こえない?」


 お互いを引っ張りながら睨み合うふたりにテネリが眉を(ひそ)めたとき、風に乗って流れて来た音が3人の注意を引いた。

 それは単純ながらも耳あたりのいい音階とリズムを持っている。


「歌だ」


 レナートが言う。


「ソフィアの声だ」


 アレッシオが自らの腕を掴むレナートの手を引き剥がし、声の主を探すように周囲に視線を走らせた。


「急がないとまずいな……ふたりとも早く!」


 ソフィアの真名は歌に魔力の効果上昇を願ったものであり、つまり彼女が歌っているなら危機的な状況にあるということだ。

 行くか行かないかで揉めている場合でないのは確実で、テネリはエントランスへと駆け出した。




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― 新着の感想 ―
[良い点] イケメンは、すぐ頭撫でるしキスする……。
[一言] ソフィアたん、おそろしい子!(白目蒼白)
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