第82話 魔女は犯人に目星を付ける
王宮の中ほどにある会議室に、見知った顔が並ぶ。聖王ディエゴと王太子アレッシオ、そしてレナートだ。
今回の事件の調査および対応を担当する、騎士団、聖騎士団、近衛隊、ならびに親衛隊の指揮官たちは別室にて待機している。
本来なら彼らもこの会議に参加すべき面々だが、テネリと騎士たちが互いに警戒してしまったらスムーズな進行にならないと考えられたためだ。
「ガスパルがいつまで経っても顔を出さなくてね。彼の隊がやるべき調査を他の隊に受け持ってもらったから、少し手間取ったよ」
アレッシオが手元の資料に目を走らせながら言う。伝令の話によると、ガスパルは早朝だというのに執務室や修練場はもちろんのこと、自宅や宿舎にさえいなかったらしい。
「ガスパル……ああ、あの包帯の人か。そうだね、その人がもしこのまま来ないなら、犯人かも」
テネリの言葉に一同が息を呑む。
アレッシオは軍部のお偉方が憤る姿を思い浮かべたのか、クスリと笑ってテネリに真意を問うた。
「わぁ。総軍団長が聞いたら『いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるぞ!』なんて言って卒倒しそうだね。説明してくれるかい」
リサスレニスの軍部を統括する最重要責任者を総軍団長と言い、現在は白髪の多くなった熟年の男がその任に就いている。
「簡単だよ。普通の人間なら魔女を思い通りにできるとは思わない、そうでしょ」
そう言うとディエゴが静かにテネリから目を逸らす。一方アレッシオは、テネリの言葉をヒントに正解を探っていった。
「だけど今のインヴィならどうにでも……。ミイラも同然だけど……。あ、そうか。薬を少量飲ませて話を聞くって計画が、微かに持ち上がったのを知っている人物なのかな」
「そうそう。薬飲ませて話せる程度に回復するなら、なんらかの交渉はできるって思ったんじゃないの」
「その計画を知る人間が犯人だと言うなら、容疑者はかなりの数にのぼるのではないかね。ああいや、疑っているのではなく更なる根拠を示してもらいたいのだ」
ディエゴが珍しく言葉を選びながら口を開いた。ガスパルは国に忠誠を誓う騎士であり、古くから聖王派につく家の出だ。誰にでも当てはまるような理由で納得できないのは当たり前のことである。
テネリも「そうだね」と頷いてから、レナートとアレッシオを交互に見やった。
「ガスパルは国境の砦で会ったとき、腕に包帯巻いてたよね。カエルラとの急な戦に参加できたのは、それまで聖都にいたから……つまり、直近で戦線には出てなかった。どこでそんな怪我したのかな」
「包帯に一体どんな関係が……?」
ディエゴが困惑して他の3人を見回した。
レナートはコツコツコツと人差し指で机を叩いていたが、「ああそうか」と呟いてそれを止める。
「例の薬を常用すると血液が固まらなくなると言っていたな」
「うん。ちょっとした怪我も血が止まらなくなるしさ、治りが遅いもんだから再発しやすいんだよね」
「そういえばガスパルの隊にもひとり、怪我がいつまでも治らない若い騎士がいたかな」
思い出したようにアレッシオが呟く。状況証拠に過ぎないが、ガスパルとその近しい人物が魔女の薬を常用していた可能性が出て来たのだ。
「彼はソフィア嬢に魔女の嫌疑がかかった時から、真の魔女は他にいると漏らしていたと聞いたことがあるが……」
ディエゴはため息交じりに独り言ちてから、ぐっと唇を引き結んだ。
「まぁ自分で言っておいてアレだけど、犯人は誰だっていいんだよね。それより、原因不明の爆発音だっけ? そこら辺を詳しく教えて欲しい」
「誰でもいい、か?」
「うん。だって、誰だろうと捕まえて相応の裁きを受けさせるのが人間なんでしょ? それにもし大事な人が犯人かもしれないなら、さっさと捕まえたほうがいいよ。相手は魔女なんだからさ、殺されちゃうかも」
眉をヒクリと動かしたディエゴが、テネリの返答に目を見開く。しばし考えを巡らせたあとで、大きな口を開けて笑った。
「アッハッハ! テネリ嬢の言う通りだ。心配する気持ちは大事だが、やるべきことに私情を挟んではならんな。こんな話で解決が遅れてしまっては本末転倒だ」
ディエゴがアレッシオに目配せをすると、アレッシオは手元の資料をめくりながら集まった調査結果について報告を始めた。
聖女宮は近衛隊が、地下牢はアレッシオの親衛隊が、そして失踪者の捜索全般を騎士団が担当したらしい。
「当直の近衛も牢番も、巡回警備の担当者も姿を消しているが、どこにも争った形跡はない……か。かなり計画的な犯行ということだな」
レナートの人差し指がまたテーブルをコツコツと叩き始め、アレッシオが首肯する。
「時間が時間だから、これといった目撃者もなしなんだよね。テネリ嬢が気にしてた爆発音についてだけど、まず落雷があって、『大男が家の中でこん棒を振り回すような音』がしばらく続いてから、また雷みたいな音がしたそうだよ。人によっては『大砲の音』と言ったりもしたみたいだ」
アレッシオが手元の資料を読み上げる。恐らく、騎士団が聞き込みでもしたのだろう。紙束から顔を上げると、ディエゴが後を引き取った。
「雷の落ちた屋敷については、曇天の魔女が潜んでいる可能性が高いと考えられる。よって、念のため聖騎士団に包囲させた」
「承知しました。ところでその屋敷というのは……?」
聖騎士団長であるレナートが頷いて、詳細の説明を促す。アレッシオは言いにくそうに両手をこすり合わせてから、おずおずと口を開いた。
「ベッファ・グラッソ。元・妖術対策庁の副長官で貴族派に殺された男の屋敷だよ。ソフィアの魔女狩りを仕組んだ罪で爵位も剥奪しててね、今は空き家のはずだ」
「もうそこにいるってことで決まりだね。じゃあ行ってくる」
これ以上待っていられないといった様子でテネリが席を立つと、同じく立ち上がったレナートがその手を握る。
「一緒にだ」
「僕もね」
アレッシオもまた広げた資料をまとめながら笑った。




