第71話 聖騎士様は魔女を追いかける
「あれ。もしかして怒ってるね?」
「怒らせたのあなたですよね」
真夜中、王太子の私室にはただならぬ様相のレナートがいた。警備の制止を振り切って中へ入り、今はアレッシオを前にして腰の剣に手をかけている。
「だってもうやることなくて暇だって言うから。適当に追い出さないと聖都ごと壊す勢いだったもんなぁ」
「あんたなら止められるでしょうが」
「あっ、確かに! そうだったね、僕の力は元に戻ってるんだった」
「そもそもテネリがそんなことするはずもない」
レナートは脱力したようにソファーへ沈み込んだ。
アレッシオはテネリが行方をくらましたことを知っていて、それを隠そうとしていない。少なくともアレッシオの管理下にあるということであり、危険な状態にあるわけではない。
「こんな夜中に来るなんてさ、僕もう寝るとこだったんだけど」
「こんな夜中まで拘束させたのあんたでしょうが。で、どこにやったんです?」
レナートは腕を組んで、対面に座ったアレッシオを睨みつける。弟であり親友でもある王太子は、バツが悪そうにへらりと笑った。
「えっとねぇ。まだ王宮もゴタゴタしてるし、呼んだらすぐに来てもらえそうな距離でー、魔女を極端に嫌わない下地があってー、ある程度僕も知って――」
「ドゥラクナですね」
「わぁ、さすが勘が鋭い! つまんない会議入れた時点で気づいてたらもっと良かったのにね! 嘘だよ冗談だってごめん、それしまおう、穏便に行こう」
立ち上がってアレッシオの眼前に剣を突きつけると、両手をあげて涙目になった。
「言っていい冗談と悪い冗談があることは?」
「知ってるとも。いや、いま学んだ。これからは気を付ける」
「お願いします」
「でもほら、聖都にいても彼女どうなるかわかんなかったでしょ。ドゥラクナのほうが安全だと思ったんだよね」
レナートは鼻を鳴らして剣を収める。聖都がテネリにとって危険であるという主張には頷ける。彼女が魔女であると、そこかしこで噂を広げている人物がいるのだ。それは社交界だけに留まらず、平民にも広がり始めていた。
聖女を助けた薔薇の魔女を讃えるノルド。薬物依存の症状から救われた者の多いドゥラクナ。それらの土地から「善き魔女」の逸話は聖都にも流入しているが、魔女への先入観はそう簡単に覆らないものだ。
この数日の間にさえ、彼女の周囲には石や刃物といったいろいろな狂気が飛び交っていた。だからレナートは彼女を守るため、今日一日を会議に費やしてきたのだ。
レナートはアレッシオに背を向けて歩き出す。
「今日の会議で聖騎士団長も辞められたんでしょ。しばらくはのんびりできるね」
「辞められませんでしたよ。これも休暇扱いだそうです。が、せいぜいのんびりしてきます」
「ずっとできなかった恋愛ってやつ、楽しんでね!」
「はいはい、仰せのままに」
レナートは振り向きもせず扉を開け、アレッシオの私室を出た。扉が閉まる直前に聞こえて来た「照れちゃってー」という声は聞こえない振りをして。
人間のことはどうでもいいという顔で人間を助け、魔女に心は無いという口ぶりで他者を心配し、ひとりで生きていくんだと出かけた足は人のいる場所を求めるテネリ。
レナートは彼女に平穏な生活を与えたかった。永遠の、平穏な生活だ。
王宮を出て侯爵家へ戻り、執事のカリオと話をする。いくらなんでも真夜中に出発することはできないし、当面の対応についても指示が必要だ。
やるべきことをやって少しの仮眠をとり、まだ鳥さえも眠る薄暗い朝に外へ出た。ひんやりとした空気の中、草を踏む音がする。
「と、当主さま」
「ドナテロか。ずいぶん早いな」
「テネリ様に……新種のハーブの扱いを、教えてほしいと」
庭師のドナテロは上着の裾をぎゅっと握り締めて、俯きがちに呟いた。
彼はテネリの指示で屋敷の庭にハーブをいくつか植えつけていた。育成方法についてテネリと相談することも多いし、息子もテネリに懐いていたはずだ。
夜になってもテネリが屋敷に戻らず、レナートが帰宅したときには、侍従たちは上を下への大騒ぎとなっていた。日頃は寡黙な彼もまた、酷く心配しているのだろう。
「必ず伝えよう」
まだ眠そうな御者が馬車をまわし、レナートはそれに乗り込んだ。アルジェントは女主人の帰りを待っている。それだけは必ず伝えなければならない。




