第67話 聖騎士様は今後の計画を練る
「王族を敬うってことを知らないんだもんなぁ」
「彼女も高貴なる血脈ですよ」
レナートは、「そう言えばそうだったね」と頷きながら率先して紅茶を淹れるアレッシオを眺めた。
船室ともなると、王子の部屋と言えど少々手狭だ。カップをふたつとクッキー皿を並べたらもう何も乗らないような小さなテーブルを挟んで、翠の目が睨み合う。
「彼女が無欲なことに感謝するべきでは?」
「鉱山に特産品に広い土地と言ってたけど」
「ちゃんと聞こえていたんですね。でもそういうことではなく」
「彼女の存在が大陸のバランスを平らかにするということだろう、わかってるよ。だから、そうだな……好人物でよかった」
聖女が存在するだけで他国の魔女を牽制でき、それが巡り巡って国家間の諍いさえ抑制している。だがテネリがいなければ当代の聖女と聖王は誓約できず、魔女のいない国という伝説は終わってしまうのだ。
船の揺れに合わせてカップの水面に波がたつ。縁からこぼれ落ちそうになるのを見て、レナートは紅茶へ手を伸ばした。
「誓約のあとはどうなさるおつもりですか?」
「それは僕のセリフだよ。リサスレニスがどうにかテネリ嬢に愛想を尽かされないよう、ご機嫌のとり方を教えてほしいもんだね。まぁヒトの振りして生きていきたいって言ってるから、先ずはそこからかな」
「俺は結婚するつもりですよ」
レナートの言葉にアレッシオは深く息を吐いてクッキーに手を伸ばした。
「そう言うと思ってね、これから立案すべき法整備について考えてたんだ。例えばレナートの死後の扱いとか……」
「俺は死なない。アルジェントは適当な人間に継がせ、時期を見て隠遁します」
「なに、不老不死の魔法でもあるって?」
「ひとつだけ、似た方法があると知りました。テネリは言ってくれませんでしたけどね!」
驚きと呆れが半分ずつの表情を浮かべたアレッシオに、レナートは頭を掻きむしって嘆息する。
悠久の時を共に過ごす覚悟も想いも計画もあるのに、手段を知っているはずの婚約者からは何も言われなかった。ぶつける先のない苛立ちは、彼女を驚かせることで発散させるしかない。
「レナートが未来永劫テネリ嬢を見守ってくれるなら安心だが、僕は寂しいよ」
「彼女が認めてくれればですが。……今、よく言い間違えませんでしたね」
「見張るって?」
ひとしきり笑い合ったふたりは、聖都に到着してからの流れについて具に確認していった。インヴィの扱いについてや、ベリーニ伯爵とその一派の勢力図について、それにカエルラとの交渉についてなど、議会で協議すべき内容をまとめていく。
「インヴィから話を聞くことはできるのかな」
「テネリが言うには薬を少量飲ませれば可能だろうとのことでしたが、おすすめはしないと。魔女の回復力は軽視できないらしく、今も定期的に石化状況を確認してもらっています」
「ではやめておこうか。危ない橋を渡らずとも、ベリーニたちを捕らえることくらいはできるからね」
「まともに証言するとも思えませんしね」
多くは聖都に戻ってから、聖王の採決を待たねばならないことばかりだ。新たな情報などももたらされることだろう。
だがふたりとも確実に予想できていることがあった。
「テネリ嬢は誓約の儀を終えたらすぐいなくなりそうな気がするよね」
「まず間違いなくそうするでしょうね。俺は追いかけるんで、後のこと任せます」
「レナートくんさぁ、聖騎士団長だって自覚あるぅ?」
「誓約の儀の前に退こうかと。魔女が婚約者ですから資格を有しておりません」
批難めいた視線に、レナートは得意気な表情を返して見せる。
ふたりが同時にクッキーへ手を伸ばしたとき、室内に大きな金属音が響いた。と同時に飛び込んで来た鳩が壁に当たって落ち、姿勢を正して飛び跳ねながらアレッシオの元へ向かう。どうやら換気口から侵入したようだ。
「鳩……ほんとに来たな」
「しかも手紙を咥えています」
「足に結ぶんじゃないのか」
肩を震わせながら笑うアレッシオから手紙を受け取り、レナートが視線を走らせる。内容は他愛のないもので、ちゃんと届いたかどうかを尋ねるものだ。そして、返事がほしいとソフィアの字で書いてあった。
「ソフィアも魔女だったのだなと突き付けられる思いです」
「ああ、そこは確かに複雑な気持ちだね。だがリサスレニスは大きな力を得たよ。早馬より早く情報を伝達させられるんだからね」
書き物机に向かったアレッシオの背中に、レナートは聖王の威厳を見た気がした。柔軟な思考と対応力は指導者に必要な資質のひとつだ。
「隠遁後も殿下と文通ができそうで一安心ですね」
「まずテネリ嬢をしっかりと口説いてから言ってくれるかな」
「それが人生で最も難しい問題だって言いましたっけ」
アレッシオの手紙を咥えた鳩は器用に換気口へと身を躍らせ、あっという間に姿を消してしまった。




