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逃亡先は、魔女のいない国でした -でも翠の瞳の聖騎士様に溺愛されてるから大丈夫です-  作者: 伊賀海栗
古きをたずねて

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第62話 魔女は魔女の生き方に絶望する


 数時間だけ仮眠をとり、室内を片付け、部外者の目に映らないよう出入口に幻影の術を施し終えた頃には、もう次の夜が訪れていた。


 近くの商店で購入した食材で簡単な食事を作り、ふたりと1匹でテーブルを囲む。インヴィは朝からずっと、鏡で様子を見つつ家の外に転がしっぱなしだ。


「これで一晩ゆっくり寝たらテネリちゃん復活だなー」


「魔力枯渇起こしかけるなんて、魔女としてどうかと思うわよ」


「薬を作ったり殿下に使い魔を飛ばしたり、騒動のあともよく頑張ったしな」


 本来ならすぐにも出発したかったのだが、空を飛ぶような魔力はどこにも残っていなかったのだ。

 テネリは体内に残った倦怠感を吐き出すように、大きく息を吐いた。


「アレッシオが国境に着くまでまだ何日かあるだろうし、帰りはゆっくり行こうね」


 パンを取ろうと伸ばしたテネリの指先に、包帯が細く巻いてある。レナートはそれに鋭く視線を投げた。


「今朝のルイの契約とは?」


「人が人に忠誠を誓うのに似てる。でも相手が魔女だからちょっと特殊だね」


「魔女の意思に従わなければ死ぬのよ。魔女にデメリットはないのにね。だから普通の人間は魔女と契約なんてしないわ、人間が割を食うだけだもの」


 テネリはミアが呆れたような声で説明するのに合わせて頷く。契約者が困ったときに祈れば魔女と繋ぎがつけられるが、手助けするかどうかはその時の魔女の気分次第。魔女の契約など、最初から魔女に都合がいいようにしかできていないのだ。


「だが彼は迷いを見せなかった。父親がリベルと契約していたのを知っていた、ということか?」


「そうだろうね。リベルが死んでルイパパはもう自由だったのに、馬鹿正直に30年も鍵守ってさ」


 脇に置いたカバンをそっと撫でる。中にはリベルがテネリに残した小箱が入っていた。人間と魔女の間に信頼と友情が生まれていなければ、これをテネリが手にすることはなかっただろう。


「あら、リベルと言えば話が途中だったわね」


「なんだっけ?」


 ミアは首をかしげるテネリの目の前まで歩いていき、食事を邪魔するように食器の手前に座り込んだ。テネリがそれを抱え上げて脇にどかすと、すぐにテネリの腕に上半身を乗っけるといった攻防を三度繰り返す。


「食べながら聞けるくらい大人になってるから早く」


「単刀直入に言うわ。アンタはリベルの子孫なの」


「……へ?」


「リベルは脈々と続く自分の子孫をずっと見守ってた。定期的に会いに行ったりして」


 テネリは何も言わず家の中を見回した。ミアの言葉を否定する材料を探したのか、それとも補強する証拠を探したかったのか、本人にもわからない。


「王の子だな」


 静かな家の中にレナートの言葉がぽつりと落ちる。テネリは首を横に振って口をパクパクと動かしたが、言葉は何も出て来なかった。


「当時は王太子だったけどね。リベルは身籠ったことを知って、カエルラを離れて双子の妹オフィーキアのところに身を寄せたの」


「森の涙はいつ? 森の妖精が献上したという伝説の国宝を譲ったのは、子孫のためなんだろう」


「レナートは勘が鋭くて怖いくらいね。王が死の床に臥せったときよ。リベルはそのとき数十年ぶりに王に会い、死後の永遠という彼の願いを叶えるためこの霊廟に住むことにした」


「わぁロマンティックだね! んじゃ私はもう眠いから寝る。明日は朝から出発しようね、おやすみ」


 テネリは強引に話を切り上げて、自室へ移動した。


 リベルと赤の他人ではないかもしれない、という考えは昔からあった。この家を出るまで百数十年を共に過ごしたのだから、言葉や表情の端々にそれを感じるものだ。だから子孫だと言われても驚きは大きくない。しかし――。


「あんなに愛し合っても結婚しないんだね」


 閉じた扉に寄りかかると、言葉と一緒に涙がこぼれた。人間と魔女の恋がいかに難しいか思い知らされる。

 魔女が王妃になることなど許されない。リベルの選択も、それを受け入れた王の気持ちも理解できないわけではない。そしてリベルは死ぬまでの数百年、子孫たちに愛する者の面影を探しながらここで過ごしたのだろう。


 レナートも、あと数十年のうちに死ぬ。テネリをひとり残して。


「私には子孫だって望めないのにさ」


 言葉にしたら寂しさに潰されそうになって、次々に涙が溢れた。知らず知らずのうちにレナートが心の中心にあったと気づかされる。


 レナートの両親もレナート自身も、ソフィアが新たな誓約をした後もテネリと離婚するつもりはないらしい。しかし彼らの好意に甘え、将来の孤独に見て見ぬふりをして婚姻を継続しても、跡継ぎ問題が残る。


 未来の侯爵夫人として教育を受けたおかげで、テネリは跡継ぎの重要性を理解してしまっていた。


「リベルみたいにはできないよ……」


 ずっと傍にいることは叶わないという事実と、離れたくないという個人的で強力な欲求がテネリの心に傷をつけていく。

 テネリは倒れるようにベッドに横になり、頭まで毛布を被って丸くなった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ああああっ! 魔女と人間の壁を、痛感する! レナート、なんとかしてくれぇっ!
[良い点] はしゃいだ言葉を残してさっさと自室に戻る。 テネリの心がどれだけ揺れてるのか、わかりますね。 [気になる点] いよいよ溺愛が始まるのですね!
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