第60話 魔女は魔力調節を強要される
「ドアを開けたらインヴィが何するかわかんない。でもこの家は守りたい。というわけで、ドアごと先制攻撃したいんだけどどうかな」
レナートを押し退けて前へ出ようとするテネリに、レナートは笑って主張を一蹴した。
「駄目だろう。人間を巻き込まないように調整できるのか?」
「無理!」
「じゃあ、俺に任せるんだな」
テネリの額にキスをして、レナートがドアに手をかける。テネリが制止するのも聞かずに、そのまま開けてしまった。
「ちょっと!」
予想通りとも言えるタイミングでインヴィの魔法が発動し、目の前が真っ白になった。レナートの生死さえ気にしていないのではないか、と思わせるほどの大きな雷の力を帯びた魔法だ。
盾になったレナートの姿は、逆光のせいでシルエットしか見えない。
「ぐっ……」
「レナートッ!」
呻き声に慌ててレナートを室内に引き戻そうと腰に手を回したとき、まばゆい光の中でレナートの声が響いた。
「簡易の結界を張ったが、力が弱まっているせいで防ぎきれない。俺はインヴィを無力化するからテネリは騎士をどうにかしてくれ」
テネリが了承するのと発光がおさまるのとは同時だった。腰の剣に伸ばしたレナートの手のひらが焼けただれている。
そんな手で剣を握るなど無茶だと言う前にレナートは家を飛び出して行った。視界が開けると、走るレナートを狙う銃火器と剣の存在に気づく。
「結局魔力調節必要なんじゃんっ!」
テネリは右に左に杖を振る。風に巻き上げられた礫が騎士の手から武器を叩き落とす。分厚い薔薇の垣根が走るレナートを守るように石畳を押し上げて生まれ、薔薇の小径となった。
「テネリ!」
ミアの声で正面へ注意を向けると、インヴィが薬瓶の蓋を開けるところだった。
どんな薬なのかはわからない。けれどもテネリがいると知って薬にドクノサラを追加するような相手であり、最悪の事態も考慮したほうがいいだろう。
テネリは叫びながら杖を振った。
「伏せてっ!」
薔薇の蔓が伸びる。それはインヴィの左手ただ一点を狙って勢いを増し、しゃがんだレナートの頭上を通り抜けて薬瓶を弾き飛ばした。
インヴィの背後で薬瓶が割れ、薬が石畳に広がる。傍にいた騎士がふたりうずくまった。
「一体なんなの、あの薬はっ?」
「そこまでだ、曇天の魔女」
何発かの銃声を最後に、その場に静寂が落ちた。テネリが蔦薔薇で騎士たちを拘束し、レナートがインヴィに剣を突き付けている。
「魔力では薔薇の魔女に敵わないかもしれないと思って、お薬や人間まで用意したのに失敗ね」
「あれは何だ?」
「徐々に身体が石のように硬化するお薬よ。大丈夫、死にはしませんわ。あら、動かないで頂戴」
倒れた騎士のもとへ駆け出そうとするテネリを、インヴィが鋭く制止する。行ったところで手元に解毒剤があるわけでもないと考えなおし、テネリは大人しく足を止めた。
「そんなものレナートに使うつもりだったの?」
「言ったでしょう、死にはしないと。誓約さえすれば助けて差し上げるつもりでしたのよ?」
「あんたをぶっ飛ばした後で私が助けるとは思わなかった?」
睨みつけるテネリに、インヴィは不敵に笑う。レナートは血の滲む手で剣を握り直した。
「もしかして、勝ったとお思いですの? あなた方は人を殺めることはできない……そうでしょう? わたくしなら指先ひとつでここにいる騎士を殺せますのよ? 薔薇の魔女だって、瀕死くらいならできるわ」
「おまえは剣を突き付けられていることを自覚したほうがいい」
「どうせ殺せないとわかってるのに、何が恐ろしいというの。それに……貴方がその剣でわたくしをどうにかするのと、わたくしがテネリに雷を落とすのとどちらが早いとお思いかしら」
インヴィが右手を上げて杖をテネリへ突き付けるが、レナートは舌打ちしつつも動けない。
「私のほうが先に攻撃するかも」
「いいえ。呆れるほどの力持ちですもの、貴女は閣下を巻き込むのが怖くて何もできないわ」
「テネリには手を出すな」
レナートは捕縛するべく剣を降ろして一歩前進し、インヴィは目を細めながら左手を上げてそれを制止した。
「それは難しい話ですわね」
「テネリ!」
インヴィが杖を振る。レナートはインヴィの手を握る。
テネリは笑う。
「馬鹿にしないでよ……ねっ!」
「ニャッ!」
テネリの振った杖はインヴィの背後に大ぶりの薔薇を生み、伸びた無数の蔓が彼女を拘束、後方へ引きずり倒した。そのまま檻のような形状となって囲う。一方テネリの足元には焦げた猫が落ち、レナートが駆け寄って来た。
「どうして、どうして力が出なかったのよっ? ぎゃぁっ! ちょっと、ここから出しなさいよ、薬があるの!」
インヴィの叫び声がリベルと三代目の王の墓所に響き渡る。彼女が拘束された先には石化の薬が広がっているらしい。
檻を壊そうとあらゆる魔法を連発するも、テネリの作りだした薔薇の檻はすぐに自己修復を行って壊れない。そのうちに諦めたように静かになった。
「大丈夫か」
「ミアが庇ってくれたから。ミア、生きてる?」
「死ぬほど痛いわ……でも死ぬわけないでしょ、責任持って早くどうにかしてちょうだい」
テネリは強がりを言う猫をそっと胸に抱いて、家の中へ戻って行った。




