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逃亡先は、魔女のいない国でした -でも翠の瞳の聖騎士様に溺愛されてるから大丈夫です-  作者: 伊賀海栗
古きをたずねて

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第56話 魔女は師匠の声を聴く


 箱の中には手紙が一通と大粒のエメラルドがひとつ。


「ずいぶん古い文字だ」


「リベルの字だよ。人間が簡単に読んでしまわないように、大事なものは昔の言葉で書くの」


「なるほど」


 レナートはそれだけ言って、もともと座っていた場所へ戻った。テネリは封を切って数枚の便箋を取り出す。


「テネリへ、だって!」


「あたりまえでしょ」


 テネリが手紙を杖の先で二度叩くと、紙の上の文字がパラパラと宙へ踊り出した。まるで五線譜に並ぶ記号のように、独特のリズムで文字が光る。光った文字は女性の声で音を発する。

 瞳を閉じれば目の前でリベルが話しているかのようだ。


「――テネリへ。貴女がこれを読んでいるということは、……なんてベタな書き出しで手紙を書く日が来るとは思わなかったわ。


 言いたいことはたくさんあるけれど、それは全てミアに任せてあります。知りたいことがあればミアに聞くように。加えて、叱られたらちゃんと言うことを聞きなさいね。


 私からは少しだけ。リサスレニスへ行きなさい。かの国は魔女の助けを求めています。そして、必ず貴女の助けになってくれます。

 新たな聖女が生まれる度に、必ずリサスレニスへ行くこと。誓約には証人が必要なの。わかるでしょう?


 対価として、私は今までカエルラを守るための力を借りていました。けれど貴女は貴女の好きなようになさい。正当と思われる範囲であれば、リサスレニスは必ず報いてくれるでしょう。


 貴女と過ごした百年とちょっとの時間はとっても楽しかったわ。母と呼ばせてあげられなくてごめんなさいね。でも貴女は本当の母の温もりを知っているはず、忘れないで。


 最後に「森の涙」を貴女に。どのように使っても構わないわ、貴女を信じているから。


 リベル・ドーン・ノックスより、愛をこめて――」


 リベルの声が聞こえ始めた途端、テネリの瞳からは涙が溢れて止まらなくなった。何度も何度も杖で手紙を叩いては、繰り返しリベルの柔らかな声に包まれる。


「ちょっと、そろそろ魔力節約しなさい! アンタ今日も朝から際限なく魔法使ってるんだから」


「だってぇ」


「ミアの言う通りだ。救ってくれた者が倒れてしまったら俺が罪悪感に苛まれる」


 レナートがテネリの背後から手を回し、手紙と杖の両方を奪い取ってしまった。丁寧にテーブルに並べられた手紙と杖を見ながら、テネリはようやく椅子へ腰掛ける。


「それで、リベルはなんと? 俺には謎の呪文にしか聞こえなかったよ」


「聖女が生まれるたびにリサスレニスに行けって」


「どういうことだ?」


「聖女と聖王の誓約の証人になれって。言われてみれば確かにって話なんだけど、誓約って証人が必要なものもあるんだよね。代表的なのが成人の誓約で、聖女の誓約は多分それと同じなんだと思う」


 ミアが持ってきたタオルで涙を拭うと、テネリも少しずつ呼吸が落ち着いてきた。深呼吸をひとつして、またスプーンを握る。


「確かに形式として証人の存在は伝えられているが、聖王陛下がそれを担うのだと思っていた」


「翠の目はあくまで聖女から魔力を譲渡されてるだけだから、難しいんじゃないかしら? 誓約者の力に耐えられないかも」


 ミアも同じく麦がゆを食べている。にゃうにゃうと食べながら喋るものだから聞き取りづらいが、レナートは彼女の言葉を理解したようだ。


「なるほど、それでは確かに君はリサスレニスの協力者だ」


「このエメラルドがよくわかんないんだよね」


 テネリが大粒の緑色をした宝石を箱から摘まみ上げ、ミアはケホケホと咽ながら叫ぶ。


「は? アンタ『森の涙』知らないの?」


「『森の涙』だって? そんなのはおとぎ話だろう」


「何がおとぎ話なものですか! これは正真正銘、カエルラの国宝よ」


 きょとんとした顔でレナートとミアのやり取りを眺めていたテネリが、ぷるぷると首を振ってエメラルドと手紙を小箱へ仕舞った。


「はい、私の手に負えなそうな話題は一旦やめてくださーい。眠いし!」


「手に負ってもらわないと困るけど、休憩なら賛成。二人とも今日は休んだほうがいいわ」


「んじゃレナートはリベルのベッド使ってね。あの人、掃除は得意だったから綺麗だと思う」


 バタバタと皿を片付けてミアを抱き上げると、テネリは隣の部屋へ逃げるように駆け込んだ。窓辺に寄ってカーテンを開ける。


「雲ひとつないね。今日は大丈夫かな」


「曇ってたって、インヴィにここは見つけられないわよ。でも出るときは気を付けないとね」


「うん」


 テネリが薔薇の魔法を得意とするように、曇天を意味するヌビルスの姓を持つインヴィは曇り空で本領を発揮する。負ける気はしなくとも、不安な要素は少ない方がいい。


 カーテンを閉じて部屋を振り返る。主のいない魔女の隠れ家に時間経過はなく、この部屋もテネリが独立したときのままだ。ベッドや机の傷ひとつにさえ思い出がある。


「ほんとはここに来たくなかった」


「そう」


「リベルがいないって、信じたくなかった」


「……もう寝なさい」


 テネリがベッドに潜りこむと、ミアも枕元でくるりと丸くなった。

 いつも足元で寝ることの多いミアには珍しいことだ。背中に鼻を押し付けて深く息を吸う。



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― 新着の感想 ―
[良い点] リベル師匠……。 (´;ω;`)ウゥゥ
[一言] >瞳を閉じれば目の前でリベルが話しているかのようだ。 ボカロキターーー!!!!(大歓喜)
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