第53話 魔女は手当たり次第にぶっ壊す
テネリが杖を振ると、どこかで大きな破裂音がして屋敷が壊れる。空気弾を撃ったり大岩を落としたり火を放ったり、それはテネリの気分次第だ。とにかく、大きく立派で古めかしいデザインの屋敷は、上からどんどんと壊れていった。
一部屋ずつ確認しながら壊してはいるものの、使用人の気配さえ見つけられない。ミアの耳をもってしても見つからないのだから、存在しないのだろう。
「本当にここ?」
「レナートはこのへんからアミュレットに祈ってた」
「だってここ、ベルトラン公爵の別荘よ」
「うわー、壊す前に教えて欲しかったな」
テネリがせっせと壊しているのは、ベルトラン公爵の別荘だ。カエリーよりも北に位置する古城で、最初の公爵……数百年前の王弟だった誰かが建てた。今の公爵はカエリーに近い場所に居を構えていて、ここは別荘として使っているらしい。
「インヴィ出てこないね」
「留守かしら。せっかく晴れてるし、できれば今日会いたかったわね」
曇りの日に特別強くなる曇天の魔女。彼女にとって好条件の天候で戦ったとしても負けるとは思わないが、朝から10時間近く飛び続けたテネリでは少々苦戦するかもしれない。
だから晴天であることはラッキーだったのだが。
「あれ、地下室の入り口じゃない?」
「建物壊して入り口見つけるの、本当に野蛮人みたいよ」
「細かいことは気にしなーい。これが手っ取り早いんだもーん」
屋敷の裏手にある使用人用の出入り口のそばに、地下へ向かう階段があった。一瞬だけ口を噤んでミアが耳をそばだてるが、やはり何も聞こえないらしい。
「ま、念のため降りてみましょ。意識失ってるかもしれないし」
「そだね」
気配がないというミアの言葉に、テネリの背中をゾワゾワと冷たいものが走り抜けた。
レナートが攫われたと気づいたときから、ずっとテネリの心の隅で蠢いていた真っ黒な感情が、次第に広がり始める。もし失ってしまったら、という恐怖が。
「レナートに何かあったら殺しちゃうかも」
「同族殺しはご法度よ」
「でもリベル殺したのはインヴィじゃん」
階段を一歩ずつ降りながら、壁の照明に火を入れていく。地下にもやはり誰もおらず、テネリとミアの声ばかりが響いた。
「あれ実際に手をかけたのは人間だから、報復として認められるか怪しいわね。特にアンタはみんなに嫌われてるから、難しいんじゃない?」
「はー最悪」
魔女には魔女を育てる師匠がいるのが普通だ。その師匠を殺された場合に限り、報復としての同族殺しが認められる。殺されたくないがために、多くの弟子をとる魔女もいるほどだ。
報復ではない同族殺しは、それを知った魔女が集会で訴え、出席者の過半数が処刑を選択すれば「永遠の棘の檻」に入れられることになる。
テネリの場合、犯人を人間だと思っていたがために訴えることができなかった。それにミアの言う通り、仮に訴えたとしても処刑に挙手する魔女は少なかっただろう。
「リベルもアンタも、人間と共生しようなんて魔女が魔女に好かれるわけないのよ」
「みんな本当は仲良く暮らしたいから妬んでるのかな」
「どうかしらね、帝国の魔女たちなんかは共生してるけどアイツらは……」
「そうだったね、あれは共生じゃなくて隷属だ」
キッチンや倉庫を抜け、さらにもうひとつ地下へ降りるとそこは牢獄になっていた。高位の貴族の城や屋敷には当たり前のようにあるものだが、このフロアだけ妙に最近利用した痕跡がある。
左右に二つずつ並ぶ金属の扉をひとつひとつ開けていく。最後の扉の前に立って、テネリは息苦しさを覚えた。換気用の穴が小さいのか、それとも恐怖か。
「いないわ」
開ける前にミアが言う。見てもないのにどうしてわかるのだ、と叫びたい気持ちを抑えて取っ手に手を伸ばし、鍵が壊れていることに気づいた。
「鍵、この部屋だけかかってたんだ」
「そう。そして壊されてる。こっちの給仕口から手を伸ばしたのね」
扉を開くと、無人のベッドから所々に血が落ちているのがわかった。ここに来るまでの間に血痕などなかったから、止血しながら逃走したのだろう。
「怪我してる、早く見つけないと」
「待ちなさい、あれを見て。食べ物に一切手をつけてないわ。いつから食べてないかわからないけど、体力はほとんど残ってない。それからあの足枷」
ミアに言われて、テネリはベッドに近づく。無理にこじ開けられたような歪んだ錠前が落ちていた。ベッドに人の体温は感じられなかったが、確かにレナートの匂いがする。
枕もとのナイトテーブルには小さなランプと水、そして手つかずのスープが置いてある。テネリはスープに指先を浸して舐め取った。
「麻痺と……意識を混濁させる薬かな、すごいちょっとだけ入ってるね。頭ボンヤリしてたんじゃないかな。待って、ドクノサラも使ってるかもしれない」
「ドクノサラですって? 急いで探しに行きましょう」
テネリは地下を出ると、屋敷を跡形もなく破壊した。




