第49話 魔女は人間と協力する
ノルド邸の小屋敷の一室。テーブルにはリサスレニス聖国の地図が広げられ、五人と一匹がそれを覗き込んでいる。
レナートの不在が発覚してからすでに5時間が経ち、後夜祭は主賓が戻らないまま終えられたらしい。
ただ引き籠った甲斐あって、今後の方針やそれぞれの役割は大まかに決定していた。
「まずルイジは帝国からの挟撃に備えて、北の防備を固める」
「御意」
「テネリは父上に状況報告と出兵準備の依頼を」
「はぁい」
時間との戦いである以上、早馬を走らせるよりも使い魔を飛ばすほうが確実だ。
曇天の魔女インヴィがいつカエルラの軍部を動かすかわからないが、早ければ数日以内に宣戦布告がなされる可能性もある。できればそれより前に準備を始めておきたいところ。
「僕は川を下って急ぎ聖都に戻り、予め父上に準備いただいた兵を伴って海路で西の国境へ」
この話し合いをするまで、テネリはノルドから聖都まで行くのに川を利用できることを知らなかった。
以前レナートやソフィアとともに聖都を目指したときには馬車旅だったのだから当然のことだ。だがそれもソフィアが船酔いをするのだというアレッシオの話を思い出して、密かに納得していた。
「風向きは私が調節するのですよね。そんなこと本当にできるのでしょうか」
ソフィアが不安げに瞳を揺らした。
聖女が本来は魔女であったという話を信じるのであれば、できないことはないだろうとテネリが発案したものだ。
「できたらラッキーって軽い気持ちでやったらいいよ」
「わたくしは聖都に残って、魔女にそそのかされた不忠な臣下を探せばいいのね。あと、ディエゴにお説教」
社交術に長けたアンナが、聖都で女性たちからあらゆる噂を聞き出すことになった。
聖王ディエゴへの説教はアンナの個人的なもので、テネリとレナートの結婚に反対したことを根に持っているらしい。
「回復薬の類は、このあと準備できたもの全て運んでくるので、王子様とお義父さまで分けて持ってってください」
「カエルラめ、まさか薬を使って勝とうとするとはな。軍人としてなんとも情けない話だ」
「ドゥラクナで資金集めもしていますし、なりふり構わないですね」
「指示してるのが魔女だもの、人間の常識なんて通用しないわ」
ミアがゆったりと尻尾を振る。テネリは自分がインヴィの立場だったら同じやり方をしただろうかと考えたが、そもそもお金にも戦争にも興味がないせいで同じ立場になることはない、という結論に達した。
「んで、私はレナート迎えに行って来るね」
「男の子なんだから自力で帰って来なさいって言いたいところだけど、それこそ人間の常識が通用しない相手だものね」
アンナが肩を落とす。さすがのアンナも息子の危機となると不安の色が濃い。
アレッシオが鋭い視線をテネリに向けた。
「どれくらいで戻って来る?」
「あれ。『逃げるなよ』じゃないんだね」
「だから僕をなんだと思ってるのさ」
「すぐだよ、すぐ。ここからカエルラの首都まで急げば3日だし、スムーズにいけば往復10日もかからない」
ひたすら飛び続ければ片道2日ほどで行くことも可能だが、それではレナートを奪還するための魔力が残らない可能性がある。魔力の回復を待つ時間を含めれば、最速で3日がギリギリといったところだろう。
「凄い……! 馬車で行ったら聖都からでも片道だけで最低40日はかかりますよ」
「それじゃ、無事救出できたら頻繁に連絡が欲しい。こちらからテネリ嬢に連絡するのは難しいだろうからね」
全員の役割と今後の予定を確認したところで、控えめなノックの音がした。やって来たのはウルだ。
昨夜からライアンの様子を見てもらっていたが、耳がいいのか鼻がいいのか作戦会議をしていることに勘付いたらしい。
「ウルは何をすればいいのヨ?」
「みんなと一緒に聖都に戻って、ライアンの看病かな」
後夜祭も終わり、ルイジもアンナもノルド邸を発つというのにライアンだけ置いて行くわけにはいかない。聖都のタウンハウスへ移ってもらうのがいいだろう、とテネリが提案する。
「いや、オレは小屋に戻るよ。ハーブまだ必要になるかもしんねぇだろ」
一体どこから聞いていたのか、全て知ったような顔でライアンが部屋へ入って来た。ウルが慌てて駆けつけ、ライアンの身体を支える。
「あんた、死にかけだよ?」
「もう大丈夫だ。小屋にテネリの薬ちょっと残しといてくれりゃ十分だよ」
「では、ハーブを聖都へ送る手配や」
「ライアン様のお食事のお世話は」
「わたくしどもにお任せください!」
「さい!」
これまで静かに茶の準備や軽食の用意をしながら様子を窺っていた双子の侍女が、声を揃えて手を挙げた。
テネリが国を離れるのであれば、その間は仕事がないからと彼女たちは言う。事情を知っている彼女たちが手伝ってくれるのは大いに助かる。
「みんな、ありがとね」
レナートのピンチに全員が立ち上がったことに、テネリは驚くのと同時に誇らしい気持ちになっていた。
またひとつ、人間らしい気持ちがわかった気がしたのだ。




