第48話 魔女は一杯食わされる
話し疲れたタイミングで、テネリとソフィアは人の輪から外れた。聖女という立場のソフィアと、話題の婚約者であるテネリはすぐに囲まれてしまう。それでもひと時の休憩を求めて会場の隅へ向かう。
「今日は式典の話ばっかりだから私はちょっと楽」
「テネリは聖都でも人気者でしたものね」
昨夜マルティナは攻撃的な手段をもってテネリを脅した。そして彼女がソフィアをどうにかしようと企んでいることは明白だ。魔女にとって聖女など邪魔でしかないのだから。
レナートからもアレッシオからも、今夜はソフィアのそばを離れないよう言い渡されている。
「テネリ・ブローネ様?」
おずおずと近づいて来た女性がテネリに声を掛ける。あまりにも静かにやって来たものだから、テネリもソフィアも声を掛けられるまで彼女に気づかなかった。
「マ、マルティナ……さま」
「マルティナ様?」
テネリとソフィアが口を揃えてその名を呼んだ。結い上げられた金色の髪も青い瞳も美しい顔立ちも、全てがマルティナ・ベリーニだ。それなのに二人の心中には違和感が拭いきれず残った。
「まぁ、わたくしを知っていてくださるなんて光栄です! あっあっ、聖女様にもお目にかかれるなんて」
ぎこちなさはあるものの丁寧に礼をして微笑むマルティナは、やはりいつもと少し違う。どことなく、あどけないのだ。
「もちろん存じ上げていますが……」
「わたくし、春にデビューしてすぐに体調を崩してしまって。シーズンも終わりというこの時期にやっと、こうしてパーティーに参加できるようになったのです!」
両手を合わせて満面の笑みを見せるマルティナは、嘘を吐いているように見えない。とはいえそれが真実でないことは、ふたりともよく知っている。
「でもマルティナ様は……」
「テネリ様はずっと病に臥せっておられたとお聞きしました! なんだか似たような境遇だなと、失礼ながら親近感を抱いてしまって」
興奮を抑えきれない様子で話し続けるマルティナは、やはり今までの彼女と違う。戸惑うテネリにソフィアが耳打ちした。
「もしかして、本物のマルティナ様では?」
「ああ……なるほど」
確かにそういうことなら理解できそうだとテネリも頷く。同時に曇天の魔女はどこにいるのか、という恐怖が足下から這い上がって来た。
何か嫌な予感がして会場を見渡す。
「レ、レナートはどこ?」
一般的な男性よりも背の高い彼だから、ぐるりと見渡せばすぐその薄鈍色の髪を見つけられるはずだ。なのにどこにも見当たらない。背伸びをしたり飛び跳ねてみたりしても、やっぱり見つけられない。
「あのっ、アルジェント侯爵閣下でしたらインヴィ様と――」
「なんて? いまインヴィって言った?」
おずおずと声をあげたマルティナに、テネリは被せるように聞き返した。伯爵令嬢の真似事をしている場合ではない。インヴィとは曇天の魔女の名なのだから。
「は、はい。当家に逗留していらっしゃるカエルラ古国のご令嬢で、インヴィ・ヌビルス様という方です。わたくし、今夜は何があっても最初に侯爵閣下へご挨拶するよう言い付かっていたのですが、もし閣下がインヴィ様とご一緒していたら次いでテネリ様へご挨拶申し上げろと……」
「やられた」
ソフィアは状況が理解できていないのか、テネリとマルティナとを見比べている。
――あなたなんかが侯爵様の妻だなんて許せない。
いつかの曇天の魔女の言葉がテネリの脳裏をよぎった。彼女は人一倍嫉妬深いが、もし本当にレナートのことを気に入っていたなら。
「テネリ嬢!」
レナートを探しに駆けだそうとしたテネリのもとへ、アレッシオが足早にやって来た。マルティナの姿を見てぎょっとしたものの、ソフィアがすぐに「恐らく本物です」と囁く。
三人で会場を出て、離れの屋敷へ向かう。その途中でアレッシオが状況について報告した。
「結界が破られた。と言っても今はほとんど形だけで、結界としては機能してないけどね。僕らの関知しない他の魔女がもしいたら別だけど、普通に考えて曇天の魔女が出て行ったのは間違いないかな」
「曇天の魔女がレナートに接触したっぽい」
「結界が破られたことは聖王陛下ももちろんお気づきでいらっしゃいますよね」
屋敷の応接室へ到着し、作戦会議をすることとなった。ここへ来るまでの間にも、三人はレナートの姿を探したが見つけることはできていない。
「まず状況の確認から」
ソファーに腰を下ろしたアレッシオがそう言うと、ノックもなく乱暴にドアが開けられた。
「殿下、我がバカ息子が何かしましたかな」
「お義父さま、お義母さま」
「んまー。テネリちゃんお顔真っ青よ。あとでレナートのこと叱らないといけないわね!」
「ニャー」
事情を知るルイジとアンナは心強い味方だ。どこからかミアもやって来て、改めて作戦会議が始まる。




