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逃亡先は、魔女のいない国でした -でも翠の瞳の聖騎士様に溺愛されてるから大丈夫です-  作者: 伊賀海栗
心強い仲間

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第45話 魔女は無力に打ちひしがれる


「待て!」


「わっわっわっ……! 危ないじゃん! どういう脚力してんのよーもー」


 前夜祭を終え、全ての客がそれぞれの宿へ戻り閑散としたノルド邸の庭。ランタンの小さな明かりと月明かりだけが頼りの薄暗い中で、レナートは空へ浮かび上がる不思議なカーペットに飛びついた。


「どこへ行くつもりだ」


「ちょっとね。自力でよじ登ってよね、私は助けられないから」


 カーペットの端にしがみつくレナートに差し出した手を、ミアが横から引っ掻いて制止する。確かに、彼に触れたら落ちてしまうかもしれない。


「いくら夜中だからといって、空を飛ぶなんて馬鹿げてる。人に見られでもしたらどうするんだ」


「カーペットって風に吹かれて飛んでいくもんでしょ」


「なわけあるか」


 テネリはぐんぐんと高度を上げて、人の目につきづらい高さを飛ぶことにした。

 這い上がったレナートが大きく息を吐いてテネリの背後に座ると、ミアはその膝の中でくるりと身体を丸める。


「いつもより安定した出だしだったわね。レナートに気を取られたせいかしら?」


「えっ、いつものほうがまだマシですー」


「アタシが悲鳴あげなかったんだから察しなさいよ。いつもアチコチ揺れて恐ろしいったら!」


 高度を上げたせいか、空気が冷たい。くしゃみをひとつしたところで、テネリの肩に上着がかけられた。上着の持ち主を振り返ってふにゃりと笑う。

 こういうところは本当に優等生だ。まだ少し怒っているのかプイとそっぽを向いてしまったレナートだが、その横顔はとても綺麗で魅入ってしまう。


「さっきマルティナと話をしたんだよね」


「どんな?」


「ウルを偵察に行かせたことバレたみたい。脅すようなこと言ってたから、ウルが心配になっちゃってさ」


「小屋に行くのか」


 レナートも納得したのかそれ以上は何も言わなかった。

 空路でならあっという間に目的地へ到着できる。小屋からほど近い開けた場所へ降り立ち、音を立てないよう小屋へと向かう。


「何か聞こえる?」


「いるわね。男が3人くらい。ラナラーナがあっちで様子見てるわ」


 ミアが耳を左右にくるくる回し、小屋近くの木陰を手で指しながら言う。レナートが剣に手をかけた。

 小屋へ近づくと、周囲で様子を伺うように行ったり来たりする人影があるのがわかった。ライアンはすでに寝ているらしく、明かりは点いていない。


「私にはふたりしか見えない」


「ひとりはもう裏から中に入ってる。ウルも侵入者に気づいたみたいね」


 走り出そうとしたテネリの肩をレナートが掴んだ。唇に人差し指を立てている。音を立てるなということだろう。


「外で騒がしくしたら侵入者が焦っちゃうもんね」


 頷いたレナートは手前の男を指さしながら、小屋の奥に見える人影のほうへと向かって行った。森の中だというのに、ほとんど音がしないのはさすがと言っていいだろう。


「レナートって確か、最初の夜にここに来たときは足音してたよね。私には聞こえないと思ったのかな」


「訪ねて来たのを隠してなかったってことでしょ」


「そっか……えへ」


 テネリは口元が緩くなるのをどうにか食いしばって、カバンから杖を取り出した。レナートから返してもらったリベルの杖は、先を整えて修復してある。上等な杖だから、今までより少しくらいは魔力をコントロールできるはずだ。


「殺しちゃダメだよねぇ」


「でしょうね」


「石像みたいになーれ」


「シンプルな詠唱もできるんじゃない。相変わらず子供っぽいけど」


 テネリが杖先を小さく振ると、最も近くにいた男はピタリと動きを止めた。動作全てを制止した上で呼吸をはじめとした身体の働きをそのままにする、というのを触れずに行うのはなかなか難しい。

 ほぼ同時に小屋の向こう側から、人が倒れるような鈍い音が微かに聞こえた。


「誰のヨ!?」


 小屋の中からウルの声が響く。それを追いかけるように物が落ちたり壊れたりするような音。

 テネリが杖をもう一振りすると、どこからともなく生えた蔓薔薇の枝葉が外に転がるふたりの男を拘束した。


「ラナ! こいつら見張っといて!」


 ラナラーナが隠れているはずの木陰に声を掛けると、二足歩行のカエルが顔を出して頷く。

 

「行こう」


 レナートの言葉を合図に小屋へ飛び込む。

 中では男が刃物でウルに飛び掛かったところだったが、テネリは身動きがとれない。瞬間的に魔法を使えば、力加減を誤ってウルまで怪我をさせかねないからだ。最悪の場合にはここにいる全員を殺してしまうかもしれない。

 それくらいテネリの魔力は莫大で、冷静さと繊細なコントロールが必要だった。


 一方で、レナートもウルを助けるには距離がありすぎて難しい。間に合えと祈りながら走るが、その一歩一歩がもどかしかった。


「ウル!」


 室内へ飛び込んだテネリとレナートの視界を、大きなものがよぎる。「ぎゃっ」という悲鳴とともに赤い飛沫が散り、動けずにいるテネリに代わってレナートが男を拘束した。


「ライアンさま、ライアンさま」


 ウルの鳴き声はずっとライアンの名を呼んでいる。男の凶刃から身を挺してウルを守ったのはライアンだったのだ。

 テネリは薬を取りに隣の部屋へ向かった。


「守れなかった……」


 呟いた言葉は、真っ暗な部屋の壁に吸い込まれていく。




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[良い点] えっ……? ライアン……!? ウソでしょ!?
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