第43話 閑話/パパは迎えた娘が魔女と知る
ブローネ伯爵家当主バイアルドは、息子のジュリオと共にノルドの地へやって来た。社交的な催し物からは距離を置いているが、聖女ソフィアと王太子アレッシオによる結界の強化式典には主席する必要があったからだ。
加えて娘もまた式典のためにノルドへ来るとのことで、顔合わせをする予定となっていた。面倒ではあっても、娘の顔を知らぬままではいられないため仕方ない。
約束の日時にノルド子爵の屋敷へ向かうと、離れにある小屋敷へ案内された。小さいが手入れの行き届いた屋敷だ。
アルジェント前侯爵夫妻と現侯爵であるレナート、そして婚約者のテネリはこの離れで過ごしていると侍従が道中で説明する。
「久しいな、バイアルド」
「ご無沙汰しております。ルッペ伯爵、夫人」
アルジェント前侯爵ルイジが最初に口を開く。レナートに代わり国境警備の指揮を執っているだけあって、現役さながらの体躯と威圧感だ。バイアルドはこの男が昔から苦手だった。歴史あるアルジェント侯爵家にありながら、芸術にも伝統にも目を向けず戦に明け暮れてばかりの粗野な男だからだ。
「こちらがテネリです」
「初めてお目にかかります、ブローネ伯爵。テネリでございます。ブローネを名乗る名誉をお与えくださり感謝に堪えません」
「おお、君が吾輩の娘かね」
優等生然とした澄まし顔のレナートの紹介を受け、ストロベリーブロンドの女が美しい所作で礼をした。王族もかくやと思うほど指先まで意識のいきわたった完璧な淑女の礼に、バイアルドは思わず息を漏らす。
用意されたテーブルにつくと、同じ顔をしたメイド姿の女がふたりで給仕を始めた。
「食事の間、胸に何かつかえていては気持ちが悪い。先に本題を済ませてしまいましょう」
レナートの言葉にバイアルドは目を眇めた。本家命令および王命によって「実子」となったテネリとの顔合わせが本題ではないのか、と。
ジュリオはチラチラとテネリを盗み見ている。この状況下で妹に懸想している呑気な息子の足を、バイアルドがテーブルの下で強く蹴りつけたが効果は薄い。
「聖王陛下も王太子殿下もご承知のことだが、テネリは魔女です」
「魔女だとっ?」
勢いよく立ち上がったバイアルドの腹がテーブルにつかえて大きく揺れた。スープがいくらかこぼれたが、レナートは眉ひとつ動かさないまま話を続ける。
「当面は国家機密として扱ってもらいたい」
「当たり前でしょう! いや魔女であることが当たり前じゃない、何を考えてるんだ! 聖王はご乱心めされたか? 国を沈めるおつもりか」
アルジェント親子はさも当然といった様子で、粛々と食事を進めている。テネリは自分の話をされているとは夢にも思っていないような、無邪気な笑顔でパイにかぶりついた。
「陛下がどんなお考えであろうと、伯爵に選択肢は残されてなくてよ」
王姉のアンナが笑う。確かにバイアルドには彼らの言う通りにするか、クーデターを起こすかの二択しかないだろう。
とはいえ社交界に顔を出さなくなって久しいブローネ家がクーデターなど、魔女が娘になるより実現性に乏しい。
バイアルドはレナートを睨みつけながら拳を握った。
「当面はと言ったか?」
「いずれ、魔女であることを公表する」
「は?」
は、と声を出したのはテネリだ。レナートの計画を魔女自身も知らなかったのかと驚いて、バイアルドは若い恋人たちの表情を見比べた。
「……そうかなるほど。何らかの理由があって婚約したが、用が済んだら処刑するのだな?」
「違う、魔女と結婚したと民に報告するんだ」
「いやおかしいでしょう、魔女と結婚する人間がどこにいるかね? ここか、ここにいるのかそんな馬鹿は! やってられん、吾輩は帰る! ジュリオ、いつまでも魔女を見つめてるんじゃない!」
テーブルナプキンを叩きつけて、席を離れようとしたバイアルドの身体がぴたりと静止する。首から下が蝋で固められたかのように動かなくなってしまったのだ。テネリを睨みつけると、魔女は金色の瞳を煌めかせて「えへへ」と笑った。
「お父様は待っててくださいね。で、公表するってなに」
「だって隠すことなんてないのよ、テネリちゃん? 初代聖女様も魔女なんだから」
「民が受け入れられるよう、念入りに準備はしないといけないがな」
「公表については追々テネリと話し合う必要があるでしょう。だがまずはブローネ伯爵に事実をお伝えし、賢明な判断を仰ごうと思ってね」
レナートが唇を片方上げてみせた。
バイアルドはずっと、本家の愚昧な息子が市井の女と結婚するためにブローネの家名を頼ったのだと軽く考えていた。これが青天の霹靂と言わずしてなんと言おう。色を無くすほどグッと唇を噛んでレナートを睨みつける。
「わたしはテネリの兄になりたい……お兄様と呼ばれたい」
張り詰めた空気の中でジュリオがだらしなく笑った。
「裏切るか、ジュリオ!」
「もうお兄様ですわ。婚約誓約書にも『テネリ・ブローネ』としっかり書きましたもの!」
バイアルドは声を張り上げるが、動かない身体では怒鳴ることしかできない。ジュリオはテネリに笑いかけられてさらに目尻を下げた。
レナートとバイアルドの問答が続く。
「社交界ではブローネ家の復帰を待つ声がある。あなた方はすでにテネリを娘としたことで利益を享受しているのだ」
「魔女を身内に置くリスクを抱えてか? 全く話にならんよ」
社交界から遠ざかっているとはいえ、過去の栄光を忘れたわけではない。しかしテネリが魔女であると発覚、または公表された場合のリスクは考えるにさえ値しないだろう。
「これは聖王陛下もお認めくださった婚姻であり、忠誠を誓うのであれば国益を最重要視した判断をすべきだと思うがいかがか」
「いやもう何が国益かわからん!」
「ジュリオに王宮内の職を用意しよう」
「私益になった!」
「ふつつかな娘ですがよろしくお願いします、お父様」
バイアルドが返事をするより前にジュリオが前のめりに立ち上がる。
テネリが美しい所作で再度カーテシーをしたところで、バイアルドは自分の身体が動くようになっていることに気づいた。
「もう、どうにでもなれだな」
深い溜め息とともに席に着き、バイアルドは現実逃避をするかのように料理を食べ始めた。




