第41話 魔女は義両親に歓迎される
テネリとレナートはライアンを連れて北上し、ふたりが出会った街ノルドへ到着した。そこで同行する侍女や護衛の騎士と一旦別れ、泉に囲まれた狩猟小屋へと立ち寄る。ライアンにハーブを育ててもらうためだ。
ライアンは人間の子どもほどのサイズのカエルに驚いて腰を抜かしていたが、テネリとレナートはウルに後を頼んで小屋を出た。
当面滞在する予定のノルド子爵邸へ向かうと、荷物とともに先に運ばれていたミアが馬車まで迎えにやって来た。
「ライアンはともかく、ウルも置いて来たの? ラナラーナは元気だった?」
「ウルも久しぶりに地元を満喫したいだろうし、ライアンの見張りとお世話を兼ねてね。ラナは相変わらずだったけど、ハーブすっごい育ててくれてた」
先に小屋へ寄ったのは、口の軽いライアンをできるだけ人に会わせるべきではないと考えたためだ。しかしラナラーナに任せきりだった、ハーブの様子を見られたのは良かった。
ノニッタもサカサマノミも、すでに収穫して乾燥させたものが多くあった。それでも必要量には及ばないため、農地の拡大をライアンに依頼して来られたのだ。
「でもさすがに可哀想だったかなぁ?」
「でも彼、テネリのこと好きだっ――」
「正しい選択だった」
テネリがレナートのエスコートで馬車を降りて顔を上げると、ずらりと並ぶ侍従の奥に年配の男女が立っていた。レナートそっくりの薄鈍色の髪をした男性と、アレッシオによく似た太陽のようなブロンドの髪が眩しい女性だ。
「あなたがテネリちゃんね!」
男女の目の前に到着するや否や、女性がテネリの手を握って灰色の瞳をキラキラと輝かせた。どこかで体験した気がすると過去を振り返って、それが王妃陛下だと思いだした。
ソフィアが言うには、レナートの母であるアンナと王妃は仲が良いらしい。まさか反応までそっくりだとは思わなかった。
「初めてお目にかかります、私は――」
「他人行儀なことはいいのいいの! さ、中へ入りましょう」
アンナに腕を取られて、引きずられながら屋敷の中へと入る。背後を振り返ると、レナートが諦めたような笑みを浮かべて首を横に振っていた。
通された応接室で人払いすると、アンナは堰を切ったように話し出す。
ノルド子爵夫妻は街道の整備の最終確認に出掛けているため、当面は戻って来ないこと。テネリに名前を貸してくれたブローネ伯爵も領地が王太子の移動コースに入っているため、ここへ来るのはギリギリになるだろうということ。
レナートはすでに爵位を継いでいるが、領地管理に関する一切は両親が取り仕切っているため心配しなくて良いこと。
そして、テネリが魔女だと知っているということも。
「えっ、私のこと知っていらしたんですか」
「ええ、ええ! レナートからのお手紙を読んだときなんて、小躍りしてしまってよ」
「アンナは昔から魔女伝説の大ファンなんだ」
レナートの父親であり現在はルッペ伯爵であるルイジ・アルジェントが、薄い水色の瞳を細めて笑う。彼はリサスレニスの元騎士団長であり、騎士団退役後も侯爵として国境を守った歴戦の英雄だ。
レナート曰く、現在も国境の守備に関する指揮はルイジに任せているらしい。
それよりも。テネリは首を傾げて聞き返した。
「魔女伝説ですか?」
「そうよ。王家に古くから伝わるお話なの。今では信じる人なんていないのだけれど、わたくしはそれが真実だと確信していてよ」
「端的に言うと、初代聖女は魔女であったという噂さ」
「噂だなんて! だからね、翠の目を持つレナートが貴女を連れて来たのにもきっと意味があるのよ」
前のめりになって鼻息荒く主張するアンナを、ルイジがニコニコと眺めている。レナートは小さく息を吐いて「言った通りだろう」と囁いた。
テネリの膝の上でミアが「ナァ」と甘えた声を出す。
「魔女が聖女を騙ったんですか?」
「いいえ。人々が勝手に聖女だと言っただけなの。リサスレニスはカエルラから独立してできた国でしょう。その際、初代聖女オフィーキアは不思議な力で人々を癒し、人々を守る盾となった」
「オフィーキア……リベルはウェスペルと呼んでました。ああ、そういうことなんですね。ソフィアと同じ、夕焼け色の髪だったんでしょう」
アンナが目を丸くする一方で、レナートは訝しげにテネリを見た。ミアは膝から降りて全員を見渡せる位置に腰を下ろす。
「そう、そうよ。聖女様は赤毛を持って生まれることが多かったのだけど、オフィーキア様は夕焼けみたいに燃えるようなオレンジ色をしていたと書いてあったわ」
「ウェスペルは夕方を指す言葉です。リベルの真名は夜明けを意味するドーンで、夜明けの魔女と呼ばれていた」
「黄昏の魔女はリベルの双子の妹よ」
誰のものでもない声に、アンナとルイジがきょろきょろと部屋の中をぐるりと見回す。しばらくしてそれが猫の声だと理解すると、ふたりは声にならない悲鳴を上げた。
「彼女は私の母代わりの猫です」
「紹介になってないわ、使い魔って言いなさい。オフィーキア・ウェスペル・ノックスはリベル・ドーン・ノックスの双子の妹で、魔女に違いないわ。永遠の命を国の繁栄に替えた、お人好しな魔女」
喋る猫のショックから立ち直れないルイジの横で、アンナは目を輝かせてミアを見つめていた。本当に魔女が好きらしい。
「はは……っ。まさか王家は元から魔女の血脈だったなんてな」
テネリが見上げたレナートの表情は、心から可笑しくて仕方ないといった満面の笑顔だった。




