第39話 魔女は知人に遭遇する
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婚約式から4日後、テネリとレナートはドゥラクナ領を散策していた。アルジェント領へ戻る途中の宿泊および補給地点というわけだ。
結界の起点が帝国との国境検問所のあるノルドという土地にあり、レナートの両親もノルドに逗留しているらしい。二人はまた半月ほどかけてそこへ向かうことになっている。
「ノルドって、国境の町でしょ。ソフィアが処刑されそうになってたとこ」
「そうだ。あの一帯は古くからノルド子爵が管理している。ソフィアの地元だよ」
なるほど、と頷く。アルジェント侯爵の領地ではあるけれど、補佐である子爵が土地の管理をしているのだと、ソフィアも言っていた。
彼女の地元だから、癒しの術が勘違いされたところから処刑までの一連の流れがノルドで行われたのだろう。
「レナートはさぁ、ソフィアのこと好き……だよね」
出会った時からずっと腹の中にあった言葉が、不意に零れ落ちた。レナートとの婚約式を済ませたこのタイミングで聞くのは卑怯だと、頭ではわかっているのだが。
「はは、急にどうした? もちろんソフィアは大切な存在だよ。聖女だし、それに友人であり妹でもある」
「聖女じゃなかったら? どう思ってた?」
「んん? 大事な友人であり、妹同然の存在であることは変わらないさ」
レナートが東の空を見上げた。
アレッシオとソフィアは海路で東のフラウス王国との国境を目指すことになっている。そろそろ、港を出た頃だろうか。
「そっか!」
レナートの回答が本心でもそうでなくても、彼がソフィアとどうにかなる未来はないのだと思い直してテネリはレナートの傍を離れた。
魔女は人間の気持ちにかかずらったりしないものだ。この件はこれで終わりにして、美味しい串焼きを食べたほうが建設的だろう。
「テネリ……? テネリだよな!」
肉屋が出している屋台の前で何を食べようかと悩むテネリに、大きな影が近づいて来た。と同時にテネリの真横で金属の擦れる音がして、近くにいた女性が悲鳴を上げた。
そしてテネリの前には大きな背中が立ちふさがる。
「へっ?」
「勝手に離れては駄目だ」
その大きな背中がレナートであることはテネリにもすぐにわかったし、大きな溜め息のおかげで呆れているのがひしひしと伝わってきた。
背中からひょこりと顔を出して騒動の発端を確認すると、平民風の青年が騎士服を着た屈強な男たちに取り押さえられている。
「押さえつけるほど危険には見えないけど」
「突然主人の婚約者に近づけば誰だってこうなる」
「こんなにぴっちり護衛されてたとは知らなかったや」
今回の旅程に同行するのは聖騎士団のメンバーではなく、侯爵家が独自に保持する騎士隊だ。帝国との国境警備の他、侯爵家の人間の護衛などが主な任務となっている。
任務をしっかり遂行した優秀な騎士たちの手の下で、青年が苦しそうに顔を上げた。明るい栗色の髪と同じ色合いの瞳はありきたりで、特にカエルラの出身者に多い。
「テネリ……」
「あ。もしかして、ライアン?」
「知り合いか?」
テネリが頷くのと同時にレナートは騎士を下がらせ、ライアンを立ち上がらせる。そのまま何も言わずテネリの手を引いて歩き出すと、騎士隊長がライアンを乱暴に引き連れて追従した。
向かった先は泳ぐ子牛亭で、レナートの依頼により個室に案内された。騎士隊長を含め、騎士の面々は部屋の外や店の外で待機となる。
挨拶に来た元王宮の料理長だと名乗るシェフに、レナートがテネリを「婚約者」だと紹介した。ライアンは残念ながら、テネリの魔法によって上下の唇がくっついていたため声を出すことができない。
「それで、君は何者かな。俺の婚約者にどんな用が?」
「むむむー! ……まじで婚約者っ!?」
唇がやっと開放されたライアンは、レナートの言葉に目を白黒させる。名物の骨付き肉の煮込みやラザニアが並ぶ中で、テネリは二人のやり取りを尻目にブルスケッタに手を伸ばした。
「ああ。こちらはテネリ・ブローネ伯爵令嬢で、アルジェント侯爵である俺の婚約者だ」
「いやいやいや、こいつはテネリ・ローザだ。あんた騙されてんだよ」
「酷くない? 私が人間を騙すような奴だと思ってたんだ?」
さすがのテネリも黙ってはいられない。口の中のブルスケッタをワインで流し込んで応戦する。
「いいから帰ろう。ボブじいさんも心配してるし、村はもう異端審問官も国教騎士団だっていない。安全なんだ」
「無理だよ、こっちにはこっちの事情があんの」
「貴族に借金でもしたのか? そんで身売りされたのかよ?」
ライアンがちらっとレナートに視線を投げる。レナートがむせて咳き込んだ。
「ゆっくり話をしよう。君は、いやライアンはカエルラ古国の人間だね。どうしてリサスレニスへ?」
「ノルドだっけ、北の町で魔女狩りがあったろ。リサスレニスとカエルラを往復する行商のオヤジがその話しててさ、薔薇の魔女は姿を消したって。だから迎えに来ようと思ったんだ」
「ここまでの話をまとめると、テネリは魔女だということになるな」
ライアンがハッとして顔を上げた。レナートの鋭い目を見て、両手で口を覆う。
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