第34話 魔女は聖騎士様に説得される
テネリの言葉にレナートが聞き返したが、テネリはそれに構わず席を立って扉を開けた。もういつミアとウルが戻って来るかわからないからだ。
「ふたりってどういうことだ」
「わかんない。ウルの視界はちょっとぼやけてるから。でもあれ、マルティナだったと思うんだよね」
ウルの存在に気づいて捕まえようとしたのはマルティナだった。彼女だけ服を着て、部屋の隅のソファーに寛いでいたのだ。
けれども彼女は庭を散歩していた。ウルよりも早く地下へ向かえる、別の通路でもあるのだろうか?
「テネリは昨日、曇天の魔女について『いつも姿を変えている』と言ったな?」
ハッとして振り返ったとき、テネリの足元を灰色のムクムクしたものがすり抜けて行った。
「お帰り、ウル! ミアは?」
「おい、ここで人型にするな」
「服あるよ。恥ずかしいなら着るまで目つむってなよ」
真っ赤な顔で背を向けたレナートを尻目に、人型になったウルの点検をする。慌てているせいで髭や尻尾を上手に隠せず何度かやり直したが、成功するとウルは服を着ながら状況の報告を始めた。
「猫に絡まれたの、ミアが助けてくれたのヨ。撒いてから来ると思うのヨ」
「じゃあもう少しここ開けとこっか。あれ、怪我してるじゃん!」
「猫に引っ掻かれたのヨ。みんなウルのこと本当に野良犬だと思い込んでたみたいのヨ」
テネリはカバンの中から塗り薬を取り出して、ウルの頬に塗りたくる。ノニッタを手に入れたおかげで外傷用の薬も用意できたのは幸いだった。ただ、人間用の薬のためウルには効果が薄い可能性が高いのだが。
「もういいか?」
「とっくに服着てるけど」
「もっと早く言ってくれ……」
「ただいまー!」
レナートが深く溜め息を吐いたとき、黒い生き物が教会へ飛び込んで来た。テネリはそれがミアであることを確認して扉を閉める。
「あの猫、アタシが使い魔だって気づいてないわね。あんなので警備させたつもりなんて笑っちゃう」
ミアが乱れた毛流れを整えながら呟いた。見たところ怪我などはしていないようだ。テネリが胸をなで下ろして座ると、レナートはウルに視線を向けた。
「つまりこちらの正体には気づかれてないってことだな。説明してもらえるか?」
「言われた通り地下に行ったのヨ。お屋敷で働く人は、地下に密談するためのお部屋があると思ってるのヨ」
「みんな落ち着いてる感じだったもん、地下で何してるか知らないんだろうね」
テネリは先ほど視界の共有で見た内容を頭に思い浮かべる。もう夜であることも手伝って、屋敷内を歩き回る侍従は少なかったし忙しそうでもなかった。
「地下では何が?」
「子作りのヨ」
「薬で興奮状態にさせてからか。しかも依存性があるから夜な夜な人が集まるんだな」
レナートは考え込むように腕を組んで瞼を閉じ、ミアは蔑んだ表情を隠しもしないまま息を吐いた。
一方でテネリはウルとレナートの会話を聞いて目を真ん丸にし、真っ赤な頬を手で押さえる。
「あれって交尾するための薬だったのっ? 私、交尾した??」
とんでもないものを飲んでしまった。人間用の薬なら死にはしないと思ったが迂闊だった。命こそ落とさなくても、交尾したら魔女として死んでしまう。
結婚イコール純潔を失うことではない、と教えてもらったばかりだが交尾したらさすがにアウトだ。
「たった今も魔法使ったでしょうが。落ち着きなさい、空っぽ頭!」
頭を抱えて唸るテネリの頬に、ミアの猫パンチが飛んでくる。頭の上からはレナートの深い溜め息が聞こえた。
「だってぇ……」
「脳みそすっからかんは置いといて、話の続きしましょ」
「あっ。マルティナふたりいたよね?」
脳みそすっからかんの良いところは、一瞬前のことをすっかり忘れて次の話題に食い付ける……場合もあることだ。いつもではないから、テネリは自分の頭は空っぽではないと信じている。
「どれがマルティナかわからないけど、同じカタチのヒトはいましたのヨ。でも匂いが違うからウルは騙されないのヨ」
「双子だという話は聞いたことがないし、やはり片方は……」
「どっちかは魔女?」
「はいのヨ。地下にいたほうは猫と同じ匂いしたのヨ」
テネリが顔を上げると、レナートと目が合った。これは次の一手を考えるキッカケであり、大きな収穫だ。その達成感や高揚感をレナートも抱いているのだとわかって、テネリはふにゃりと笑った。
「ねぇ、私が曇天の魔女殺して来ていいかな」
「いいわけないだろう、可愛く笑いながら物騒なこと言うな」
「なんで!」
曇天の魔女はリベルの仇だ。それがわかったときから、見つけたら絶対に殺してやると決めていた。それがリサスレニスのためにもなるというのに、レナートが反対するのは納得がいかない。
睨みつけたテネリの頬にレナートの手が伸びる。大きな手が頬を包み、優しく撫でる。
「人間は、罪を明らかにしてそれに応じた罰を与えるんだ。テネリ、君はこれからこの国で人間と共生するんだろう?」
「リサスレニスは私を武器として使えるんだよ? 私、破壊は得意なのに」
「君は武器じゃない。俺の可愛いお嫁さんだ」
頬から離れたレナートの左手がテネリの頭を撫でる。言葉を失うテネリの額に、柔らかなキスが落とされた。




