第30話 魔女は聖女と恋バナをする
「助けてソフィア!」
「どうしたんですか? あれ、レナート様はご一緒では?」
アレッシオとソフィアの周囲から人がいなくなった瞬間を見逃さず、テネリはソフィアの腕に抱き着いた。
状況を察したのか、アレッシオは含みのある笑顔でからかうようにテネリを歓迎したが、すぐに年配の紳士たちに囲まれてどこかへ連れ去られる。どうせまた世間話に見せかけた政治的駆け引きだろう。
「レナートもアレッシオみたいにオジサンに捕まったから逃げてきた」
「逃げるって、何か嫌なことされましたか? 私からはとても仲睦まじいご様子に見えていましたけど」
「それが問題なんだってば」
はちゃめちゃに愛しているように見せろ、と言ったのはテネリだ。だが物事には限度というものがあると知ってほしい。
1分と置かず蕩けるような目で見つめるとか、暇さえあればテネリの髪をいじるとか、そうでなくとも片手は必ず肩か腰を抱いている。挙句の果てに、所かまわず額や頬や手にキスするのだから、たまったものではない。
「薬飲んだわけでもないのに、背中がぞくぞくするし胸がばくばくする」
「まぁ……!」
ソフィアはキョロキョロして近くに誰もいないことを確認してから、「それはレナート様以外に言っては駄目」と言った。
「でも、お二人がお幸せそうで安心しました。レナート様はいつもどこか……寂しそうというか、ふらっとどこかに行ってしまいそうだったので」
ソフィアの視線の先にはレナートがいるが、恐らくその目に映っているのはテネリの知らない昔のレナートだろう。
寂しそうな表情と言われても、テネリにしてみればソフィアが遠い存在になってしまったからではないか、としか思わないのだが。
「ソフィアとレナートはどんな関係なの? アレッシオとも昔から知ってる感じだったよね」
「私の母は元々、レナート様の母上であるアンナ様のレディーズメイドでした。アンナ様が降嫁される際、現在の王妃陛下からお呼びがかかって陛下のお付きへ。その後、王太子候補としてレナート様母子が王宮へ戻っていらっしゃると、以前と同様に親切にしてくださったそうです。そればかりか、私が生まれてからはアレッシオ様やレナート様と兄妹同然に扱ってくださって」
「ソフィアも貴族だったんだ、どおりで綺麗な喋り方だと思った」
「ええ。母は伯爵家の娘でしたが、父はアルジェント侯爵の補佐として領地の一部を管理する子爵なのですよ」
両親の話をして幸せそうに笑えるソフィアは、きっと愛されて育ったのだろう。テネリは母の話をするとき、こんな風には笑えない。
羨ましいとは思わないが、聖女と魔女の違いはこういうところにもありそうだと、少し可笑しくなった。
「兄同然の人と結婚するのはどんな感じ?」
「えっ……! いえ、アレッシオ様は兄というか」
テネリの目の前で、ソフィアの頬がみるみるうちにピンク色に染まっていく。「いえ」とか「ええと」とか曖昧な言葉ばかりを繰り返す様子も、忙しなく髪の毛を触る手も、ぱっと逸らされた視線も、全部が「アレッシオが好きだ」と言っている。
なんだ、レナートは最初から振られてたのか。
ソフィアが聖女であろうとなかろうと、アレッシオに聖王の印があろうとなかろうと、本来的な意味でレナートの気持ちが報われる可能性はどこにもなかったのだ。
「ぷっ。わかりやすいね」
「からかわないでください!」
心のどこかで安堵を感じたのは、自分が魔女だからだ。魔女はヒトの不幸を見るのが好きだから、それだけ。
テネリは無言を嫌って喋り続けた。
「どこらへんが好きなの? 子どもの頃からあんな感じの人?」
「ああ見えてとっても頭がいいんですよ。生まれついての王様なんです。幼心に尊敬していまし――」
会場内を見渡したソフィアが言葉を切った。何を見ているのかとテネリも周囲に視線を走らせる。
と言っても、テネリの目はいつだってレナートを追ってしまう。薄鈍色の上下に濃紺のクラバット。薄桃色のシャツだけがテネリ色をしている。
そのレナートの腕に、青いドレスが絡まっていた。
「あの人……マルティナ……」
「テネリ様、向こうに美味しいケーキがありました。一緒にいかがですか?」
ソフィアがテネリの腕をとって引きずって歩く。おかげさまで、テネリはレナートを見失ってしまった。
「い、行くから落ち着いて」
会場の中心に背を向けるようにしてソフィアと並んで歩きだすと、ソフィアは扇で口元を隠した。
「マルティナ様はあまり評判が良くないのです」
「評判って、でもデビューしたてでしょ?」
「以前から素行不良の噂が。レナート様が彼女に引っ掛かることはありませんから、目の毒になるようなものは見ないほうが良いのです」
ソフィアはそう言ってくれるが、だとしても普通の人間なら魔女より人間を選ぶだろう。もちろん、立場を思えば彼が下手なことをするとは思わないが。
テネリはずらりと並ぶデザートの中から、テラテラ輝くクリームパイを皿にとった。




