第28話 聖騎士様は婚約者の正体を隠したい
「……以上です」
執事のカリオから日課となっている報告を受け、レナートは嘆息した。
テネリの一日の動向だ。まるで見張っているようで気分が悪いが、王太子のアレッシオからも聖王ディエゴからも「万一が無いように」と厳しく言いつけられている。
ここで言う「万一」は、テネリが悪巧みをする可能性を警戒したものというよりは、人間、または貴族らしからぬ行動や言動で人目を引いていないか不安視したものだった。が、それでも。
「金細工師との面談というのは? 宝飾品が足りていなかっただろうか?」
「いえ、テネリ様がご自身を飾るものを欲しがったことはございません。これは婚約記念品を用意するため、マダム・ベッカがご紹介くださったものです」
「あー、それはマダムに礼を言わないとならないな」
レナートは右手で頭を抱えた。これはレナートに落ち度があったと認めざるを得ない。テネリは貴族の真似事はできても、実際の文化や風習を全て理解しているわけではないのだ。
「テネリ様には品位維持費についてご説明しておきました」
「助かる。さすがにその請求書は俺に回せないだろうからな。カリオには事情を説明しておいて正解だった」
「毎日、侯爵夫人となるべくレッスンやお勉強を頑張っていらっしゃいますよ。暇を見つけてはハーブをいじっているようですが……」
カリオは魔女への偏見がないらしく、常に好意的な目でテネリを観察している。そのせいか、カリオから報告を受けるテネリの様子はいつもどこか可愛らしい。
ただ今日のカリオの瞳には憂いの色が浮かんでいる。
「が?」
「最もお側にいる侍女たちが話しているのを聞いてしまったのです。猫と話しているテネリ様を見たとか、お部屋にハーブのレシピメモが放置してあるとか、あとはタヌキの姿を見たとか、そんな話を」
「……それで正体に気づかなかったら逆におかしいな。他の侍従の耳には?」
「いえ、まだ伝わっていないようです。ただこのままでは時間の問題でしょう」
「何を考えているんだ、彼女は……」
確かにテネリはどこか抜けているところがある、とレナートは思う。
大の男を抱え上げる技量もないのに水に飛び込んだり、深く考えず魔女の薬を食べたり、周囲の確認を怠ったままミアに話しかけたりだ。
それにしたって危機感が無さ過ぎる。あとで説教をしないとならないだろう。
レナートは引き出しから数枚の資料を取り出した。侍女をテネリにつけるにあたって、改めて身辺調査を行ったものだ。
ふたりは双子で、古くから聖王派につく男爵家の娘であり、王家や侯爵家の足を引っ張るようなことはないだろう。だが良かれと思って、魔女を捕縛するための行動を起こす可能性は大いにある。
コツコツコツ、と人差し指で机を叩く。
打ち明けるか誤魔化すか忘却の薬をテネリに作らせるか――。
「旦那様」
レナートが机を叩くのとは違う、硬質な音が室内に響いた。扉がノックされたのだ。
カリオが扉を開けるとそこには、件のテネリの侍女がふたり立っていた。顔立ちはよく似ているが髪色や瞳の色に違いがある。
「どうした?」
ふたりを室内に招き入れたカリオが静かに扉を閉めた。
十中八九テネリのことだろう。平静を装うが、それでも少し呼吸が浅くなる。
「だ、旦那様は魔女がいたら」
「捕まえるのがお仕事ですよね」
「ああ、そうだ。それがどうかしただろうか?」
「それはどんな例外もないんですよね」
「もちろんだ」
隣り合うふたりが目配せをし合う。
これはテネリが魔女であると告発するパターンだろう。レナートは眉根を寄せて次に何を言うべきか思考を巡らせた。
「……が、がんばってください!」
「がんばってください!」
「は? ちょ、待ちなさい」
ふたりは勢いをつけて頭を大きく下げると、その勢いのままレナートに背を向ける。
レナートが呼び止めるのとカリオが扉の前に立ちふさがるのは、ほとんど同時だった。
「なんでしょうか……」
「魔女がどこかにいたのか? または怪しい人物や、痕跡を見つけた?」
「いいえ。いませんしどこにも何もありません」
「何も見ていませんし聞いてません」
双子の背後で様子を伺うカリオと目が合った。
予想していたのと違う反応に、有能な執事も困惑しているのがわかる。
「では……ハーブのレシピ――」
「ハーブティー美味しいですよね!」
「タヌキが屋敷にいたとか――」
「野良犬と見間違えました」
カリオが吹き出す声が聞こえた。レナートが見れば、カリオは顔を真っ赤にして真顔を保とうとしている、が、口元はもごもごとおかしな形になっていた。
「狂犬が屋敷内にいるのは見過ごせない大問題だ、テネリのところへ行く」
「あっ! いえ大丈夫です、追い出しました!」
「それはもう迅速に! お嬢様には毛一本触れさせず!」
カリオはかろうじて声だけ我慢しているものの、双子の背後で腹を抱えて笑っている。
テネリが何をしたのか知らないが、良い味方を得たようだと胸を撫でおろし、レナートは侍女たちを連れてテネリの部屋へ向かった。




