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逃亡先は、魔女のいない国でした -でも翠の瞳の聖騎士様に溺愛されてるから大丈夫です-  作者: 伊賀海栗
新しい生活

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第26話 魔女は聖騎士様と談笑する


 帰りの馬車は言葉こそ少ないが明るい空気が漂っていた。

 テネリの手の中の物を覗き込もうとレナートが手を伸ばし、テネリはそれを跳ねのける。


「これ毒あるんだから、触ったら苦しむよ」


「毒が土産だったのか?」


 フェデリコが用意していたのは、紙で包まれたサカサマノミだった。王宮内で育てているのか、テネリのために買い付けたのかはわからない。


「魔法薬の材料。魔法効果を反転させるもので使い方次第で毒にも薬にもなるの。ただ育てるには環境が――どうかした?」


「頼もしいものだと思ってね。君が仲間になってくれてよかった」


「脅したくせに」


「それはすまないと思っているが、そうでなくても同じことをしただろう?」


 解毒剤を作ろうと考えたのは確かに自発的なものだ。しかしそれは気まぐれに近く、依存症状の出ているドゥラクナの人々に対して、憐れむような心は持っていなかった。


「どうかな。わかんない」


「それはそうと……。今後の予定だが、結婚までは可能な限り急いで進めたい」


 理解している、という意味を込めて深く頷く。

 責任なんてものは大嫌いだが、王宮の結界の弱さにはテネリでも焦りを覚えるほどだからだ。


社交期(シーズン)のうちに聖都で婚約式を済ませ、領地に戻ってから両親に会ってもらう」


「人間って先に両親に会うのが普通なんじゃないの? カエルラはそうだった」


「どこから話そうか。王太子殿下と聖女様のご結婚の儀には多くのしきたりや式典があるんだが、各国境にある結界の修繕や増強もそのひとつでね」


 高い山と切り立った断崖に囲まれるリサスレニスは、隣り合う三つの国との国境がそれぞれ一箇所ずつしかない、自然の要塞となっている。

 加えて国内で魔女が問題を起こせば、国の周りをぐるりと囲む結界が起動され国外へ出ることが不可能となるのだ。その起点となる柱が各国境の関所に設けられている。


「あー、アルジェントって帝国との国境かぁ」


「そう。殿下と聖女様をお迎えする準備で、今ごろはもう上を下への大騒ぎだろう。聖都に出てくる余裕はないはずだ」


 窓の外に流れる聖都は、最初に来たときより華やかになった印象がある。これも、聖女効果だろうか。


「勝手に結婚していいの?」


「誰でもいいから結婚しろと思ってるだろうな」


「まさか魔女が来るとはね」


「いいや、両親はきっと君を気に入る」


 テネリには、レナートが何を考えているかわからなくなる時がある。

 不敵に笑う彼の言葉は何を意味しているのだろうか。言葉の通りなのか、それとも両親が気に入るような令嬢を演じろ、という意味なのか。


 もちろん、後者だった場合にはご希望に沿うことはできないのだが。何と言ってもテネリは魔女だ、レナートが困るところを見るほうが楽しみに決まっている。


「だといいけど」


「そうさ。だから流れとしては、聖都で婚約式、殿下と聖女様が各地を巡る旅に出られたら俺たちも領地に赴き、両親に会ってもらう。アルジェント領での結界補強の儀に出席してから聖都へ戻り結婚式の準備。殿下と聖女様の帰還を待って結婚」


「すっごいのんびりしてない? 何ヶ月かかるの、それ」


 テネリは口をあんぐりと開けてレナートの言葉を遮った。

 あの結界強度のまま数ヶ月放置するとは恐れ入る。どれだけ弱くなっているのか、人間にはわからないのかもしれないが。


「これでも俺の立場を考えたら異例のスピードなんだ。先に秘密裏に結婚だけでもと考えたんだが、政敵も少なくないからな。どこから君の正体がバレるかわからない」


「そりゃそうだけど……」


「君がソフィアを助けた日から、国境の結界が起動している。今のところ、魔女の侵入も逃亡も観測されていないんだ」


 なるほど、とテネリは右手の人差し指で顎をポンポン叩く。

 侵入や逃亡を阻むことはできなくても、魔女の挙動はわかるということだ。加えて、他の魔女は結界が弱まっていることを知らないのだから、動きを制限する効果はある。


「そういえば、どうして最初から結界を起動してないの? そうすれば魔女が入って来ることなかったのに」


「それは俺も長年の疑問だったが今日わかった。いつでもリベルを、そして君を歓迎しているということだ」


 テネリはハッとして、そして窓の外を見た。雲一つない良い天気で、並ぶ家々のクリーム色の壁に光が反射して眩しい。目を細めると、視界が滲んだ気がした。


「リベルはいつだって私に居場所をくれた」


「そうだな。だが君もずっと俺に居場所をくれていたらしい」


「どういうこと?」


「猫の彫像だ。俺は子どもの頃、嫌なことがある度にあの尻尾を撫でてたんだ。あれは欠けているからこそ完成されている。俺も全てが完璧じゃなくていいんだ、と思えた」


 レナートの微笑みはテネリが今までに見たどれよりも優しかった。

 まさか自分の子ども時代の行いが200年経ってレナートを励ましていたとは思いもよらず、ふにゃりと笑って「良かった」と呟いた。


「あれは珍しく威力を調整できたの」


「噴水ごと吹っ飛ばされなくて本当に良かったよ」


 クスクス笑うテネリとレナートに、馬車の外から侯爵邸への到着が知らされた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いいなぁ。 こういう「知らず知らずのうちに、ヒーローの心を救っていた」的なエピソード。 ふーむ。レナートの御両親、気になりますね。 濃いキャラの方々なのか?
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