第25話 魔女は新事実を知らされる
「儂は子どもの頃、婆さんから『善い魔女』の話を聞かされ、以来ずっと君に会えるのを楽しみにしていたのだ」
「お婆さんって先代の聖女ね。キアラでしょう? 噴水を壊したときに会ったのはステラだわ」
先々代がステラ、先代はキアラという名だったはずだ。
だがテネリの言葉にレナートは首を傾げ、ディエゴは瞠目した。
「先代の聖女はエミリー様では?」
「そんな、まさか本当に」
「そのまさかだ、ディエゴ。歴代聖女の真名をご存じであるこの方こそが、リサスレニスと共に生きる魔女だ」
フェデリコの話にテネリも口をポカンと開けた。
魔女にとって真名は誓約であり力の源だ。滅多なことでは他者に開示しない。魔法を使う聖女にとっても、恐らく同じことが言えるだろう。
「リベルがそう呼んでたから……真名だなんて知らなかった」
「薔薇の髪のテネリ・ローザ。儂はリベル・ノックスから直接、君の話を聞いたことがあるのだよ」
フェデリコが言うには、歴代の聖女はリベルの力を借りてリサスレニスを守っていたらしい。聖女の力だけでは、魔女と帝国、双方の脅威から国を守り切るのは難しいのだと。
代わりに、カエルラ古国を帝国から独立させたいとのリベルの意志に手を貸していたのだとも。
「リベルに会ったことが……?」
「最後に会ったのは40年近く前、婆さんが亡くなったときだ。自分の身に何かあったらテネリを寄こすと言っていた」
フェデリコの目は優しく、リベルの死を悼んでいるのが伝わる。
リベルが亡くなってから既に30年が経ち、彼女を知る人間は減っていく一方だ。こうして一緒に懐かしんでくれる人に、あとどれだけ会うことができるだろう。
「真名を知るのなら協力者と認めてもいい。だがそれとレナートとの婚姻は話が別だ。まかり間違えばレナートの子孫が王位を継ぐ日もあるのだぞ。王家に魔女の血はさすがに認められん。それにレナートの死後はどうなる、永遠に伴侶ではいられんだろう」
聖王はまだ食い下がるが、レナートがゆっくりと首を横に振ってそれを否定した。
「魔女から魔女が生まれるわけではありませんし、王位を継ぐのは翠の目の男子です。百歩譲って魔女の血脈がアルジェント家に根付いたとして、翠の目が生まれなくなるだけでしょう。魔力と翠の目の力とは相反するのですから」
「は――?」
子を持つつもりのないテネリにとって、子孫の話は寝耳に水だ。
抗議しようと開いたテネリの口に、レナートが真ん丸の焼き菓子アマレッティを放り込む。
「お前の死後は?」
「今代の聖女様に、新たな誓約でテネリを情報共有者に含めていただきます。恐らくリベル・ノックスもそのようにしていたでしょうから」
「……最初から誓約を待つのでは駄目なのか」
「聖女の結婚と新たな誓約までにいくつもの儀式を執り行う必要があり、スムーズにいっても2年はかかりましょう。その間、国を無防備なままにしておくわけにはまいりません」
「いま凄い弱いもんね、結界」
「結界破りの経験者は黙ってるように」
レナートに叱られたテネリを慰めるように、フェデリコがもう一つアマレッティを差し出した。
どうやらお菓子を与えておけば大人しくなると思われているようだ。
「裏切らない保証は」
「絶対に裏切らない保証のある臣下がどれほどおりましょうか」
ここにきてついにディエゴが口を閉じ、茶会の席に沈黙が落ちた。
死にたくはないので、結婚はともかくとして存在は認めてもらいたいところ。
しかしまさかリサスレニスの協力者とは。責任などというものはまとめて火をつけて捨てたいと、常日頃から逃げてばかりいるのに、荷が勝つとはこのことだ。
「……彼女が魔女であることを秘匿するのを条件に、お前たちの婚姻を認める。もし真実が露呈した場合には、王家はレナートおよびテネリ双方を断罪せざるを得ない」
聖王ディエゴは早口でそれだけ言うと、席を立って王宮へと戻って行った。レナートとフェデリコは、一安心といった様子で深く息を吐く。
「アレはアレで国を心配しているのだ、儂に免じて無礼を許してやってほしい」
「気にしません。人間に嫌われるのは慣れてるので」
微笑むフェデリコの瞳に寂しさが滲んで見えた。元はブロンドを思わせるアイボリー色の髪がふわりと揺れる。
「お会いできるのを心待ちにしていました、薔薇の魔女よ」
「えっ」
フェデリコがテネリの手をとって指先に口付けた。年老いてもなお溢れ出る色気はさすが王族といったところだろうか。
「陛下、俺の婚約者を誑かさないでください」
苦笑いを浮かべたレナートがテネリの頭を撫でた。テネリの胸に温かいものが広がる。誰かに頭を撫でられるのは、何十年ぶりだろうか。
「そういえば薔薇の魔女にお土産があるのだ。用意してあるから、帰りに受け取るといい」
「ありがとうございます……?」
フェデリコはいたずらっ子のように片目を瞑ってみせた。




