第24話 魔女は王様のお茶会に参加する
翌日テネリは聖王の庭にいた。
ほかに聖王しかいないから気楽にいけばよい、とレナートから言われていたはずだが、準備だけで数時間も要し、始まる前からヘトヘトだ。
「準備にこれだけ時間かかるなんて、どこが気楽なのか……」
「ウルの教育も兼ねてあとふたりくらい侍女をつけようか」
「そういう話かー」
ただ、レナートの横顔には隠し切れない緊張感が漂っていて、それが一層気楽さから遠のく要因になっていた。
案内された庭の一角にある四阿で周囲の花を眺めていると、足音とともに低く重々しい声がかかる。
「よく来た」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「かけてくれ」
挨拶を終え聖王ディエゴに促されて着席すると、気楽な茶会が始まった。ピリリとした空気を気楽と言うのなら、だが。
「早速だが、私はレナートと君の結婚は認めない」
ディエゴの言葉にレナートが眉根を寄せた。テネリはなんと言うべきか悩んで首を傾げる。
魔女であるテネリにとって反対される理由には心当たりしかない。同意も反論もできないのだ。
ほんの少し傾けた視線の先に、大きな噴水があった。庭の中心に威風堂々と存在するそれは、女神をイメージした像が彫られた年代物だ。
女神の足元に寝そべる猫の像がミアにそっくりで思わず笑いそうになった。が、その尻尾が欠けているのを見て息をのむ。
「私、ここに来たことあるわ」
「なんだって?」
ディエゴが間の抜けた声を上げるが、テネリもどう説明したらいいのかわらない。ただ曖昧に噴水を指し示した。
「私、あの猫の尻尾を壊したの」
「いつ? 先日、結界を破ったときか?」
ディエゴがムっと唇を引き結んだ。嫌なことを思い出させてしまったらしい。レナートは腕を組んで噴水を見つめていたが、そのうち席を立って噴水の方へ歩いて行った。
「違うわ、子どもの頃だもの。あれはミアがモデルだって聞いたけど、ミアの尻尾にしては長すぎるから」
「……ともかくだ。魔女と婚姻を結ぶなど正気じゃない」
「どうして?」
「魔女は人間の尊厳を踏みにじる」
テネリとディエゴの視線の先では、レナートが猫の彫刻をしげしげと観察している。その瞳が優しげに揺れた。
「人間の尊厳を踏みにじった魔女と私は違うわ。もしかして、犬に噛まれたら国中の犬をみんな処分するタイプ? 王様は個体の識別が不得手なの?」
「犬は殺めることも躾けることも容易だ、魔女と違って」
いつの間にか四阿のほうへ戻って来たレナートがテネリの肩を抱き、冷たい目でディエゴを睨みつける。
「魔女を躾けたいのですか? それは、魔女の尊厳を踏みにじる行為だ」
「そうだそうだー」
「レナート、落ち着いて考えてみなさい。魔女は人間の敵だ」
「落ち着いて考えるべきはお前だよ、ディエゴ。何度も話したろう、リサスレニスには手を取り合うべき魔女がいると」
むやみに触れたら火傷をしそうなほどヒリつく空気を動かしたのは、聖王よりも威厳を感じさせる声だった。思わず膝をついてしまいそうな、だがどこかで聞いたことのある声だ。
「先王陛下……」
背後を振り返った聖王が呟き、テネリはその視線を追う。
ゆっくり近づいてきた男性は、聖王には目もくれず真っ直ぐにテネリの前までやって来た。
シンプルだが質のいい衣服に身を包み、頬に泥のひとつもついていないけれども、それが庭師の老人であることは明白だった。
「偉い人だったんだ」
「儂はフェデリコという。隠すつもりはなかったのだが。プレゼントはお気に召しましたかな、お嬢さん?」
「ええ、とっても! 昨日すべて植えたわ。ありがとうございます!」
フェデリコがテネリのはす向かいへ座り、侍従へ目配せをした。バタバタと茶会の準備が進められていく。
「いくら父上のお言葉でも」
「儂の言葉ではない。先々代、先代、そして今代の聖女様のご意志だ」
「国の支えとなる魔女が彼女である証拠はありません。それに先日は王宮の結界を壊したのです。信頼しろと言うほうが無茶だ」
テネリはそっと自分のこめかみを揉んだ。ディエゴの仰ることはごもっともで、城内の結界を壊すような魔女を信じられるわけがない。つまりこの事態の一部は自分のせいだったわけだ。
「お言葉ですが、彼女は誰に何を言われるでもなく薬の成分を解析して解毒剤を作るなど尽力してくれています。そもそも聖女様を助けてもらいながら、その恩を仇で返すなら人間の倫理観こそ問われましょう」
毅然とした態度でそう言い切ったレナートにフェデリコが大きく頷き、ディエゴは唇を噛んだ。
倫理観の欠如を突かれて困るのは人間だけだろうな、とテネリはそれを不憫に思う。
魔女には魔女のルールがあり、人間の定義するような道徳や倫理は含まれないのだ。もちろん、人間との共生を望む場合はその文化を尊重するけれども。
だから人間の尊厳を踏みにじる魔女がいるのは確かであり、聖王が警戒することも、レナートとの結婚を認めたくない気持ちも、理解はできた。




