第21話 魔女は聖騎士様に叱られる
分隊長の腕がテネリに伸ばされる。テネリはどうするべきか、判断をつけられずにいた。
大人しく捕まれば、いずれレナートかアレッシオがどうにかしてくれるだろう。というのは少しばかり楽観が過ぎる未来予想かもしれない。
逆にここで抵抗すればリサスレニス全体を敵に回すことになるが、今の結界強度なら逃げるのは容易だ。
「陛下のご命令は撤回された。あとは俺が引き受ける」
分隊長の動きが止まる。テネリが振り向くと、額に汗を浮かべたレナートが立っていた。
「しかし」
「俺が彼女を庭へ入れた。陛下への連絡に行き違いがあったのだ」
しばらくレナートの表情を見つめていた分隊長は、ふっと息を吐いて一礼する。
「安心しました。失礼します」
聖騎士団の面々が立ち去ってレナートとテネリ、それに庭師の三人だけになった。昨夜の出来事がふいに思い出され、テネリの頬に熱が集まる。
「朝から君はどうしてこんなところにいるんだ」
「だって……」
「ああ、こちらのお嬢さんは閣下のお連れだそうですね」
なんと言うべきか悩むテネリの肩に、レナートが腕を回して自身のほうへ引き寄せた。テネリの心臓はもはや爆発寸前だ。
「婚約者だ。早々に婚約式を挙げ、準備が整い次第、結婚するつもりだよ」
「そうでしたか。ご婚約おめでとうございます」
「ちょっちょっちょ、近い」
今はまだ、レナートに密着するのはテネリの心臓に多大なる負担がかかるのだ。みるみるうちに血流が異常な速度になったし、胸が痛い。早く離れないと死んでしまう。
まともに顔を見ることもできないまま、全身全霊の力をもってレナートの身体を押しやってもびくともしない。岩だ、これは岩に違いない。本当に岩なら恥ずかしくないのに!
一方でミアは尻尾の毛を膨らませてレナートを威嚇していた。
「聖女様を無事にお連れする役目は終えたんだから、俺たちは屋敷に帰ろう」
「……たち? 屋敷?」
「お幸せに」
庭師の老人がニコリと笑って頭を下げた。
レナートに手を引かれて聖女宮のほうへと歩き出す。その掴む手の力や歩くスピードで、彼の機嫌の悪さが伝わって来た。
「君が結界を壊すから聖王陛下がお怒りだ」
「あの結界は聖王様が?」
「昨日の式典の中で陛下から殿下に引き継がれた。が、突破された際には翠の目を持つ者全員にわかるようになっている」
「ふぅん」
思ったより複雑な術式を用いているようだ。王宮を守る役目を持つものなのだから当たり前とも言えるが、そうであれば脆弱だったことを説明できない。
やはり、テネリが知ってしまったせいだと考えるのが妥当だろう。
「立場上、一朝一夕で結婚を済ませることはできない。可及的速やかに全ての行程を執り行い、疑惑を生まないよう最低限の社交活動をこなし、侯爵夫人としての仕事に勤しんでもらいたい」
「はぁぁ? ちょっと要求多くない? 調査協力もするのに」
「それは君の希望でもあるだろう」
レナートはそう言って足を止める。すでにふたりは聖王の庭を抜け、聖女宮の庭の中ほどまで来ていた。
振り返ってテネリと向かい合うように立ったレナートを見上げる。怒っているようでいて、その目は切実さを感じさせる。
「なに?」
「殿下も陛下も、君にとってはまだ完全な味方じゃない。結界を割るなど宣戦布告めいたことは二度とするな」
「……レナートは完全な味方なの?」
テネリの言葉に、レナートは言葉を飲み込むように唇を引き結んだ。
人間が魔女を信頼するはずないのに、バカなことを聞いてしまったと思う。テネリは「冗談」とフニャと笑った。
それに先ほど逃亡するか否かで悩んだのは、テネリもまたレナートを信頼しきっていないからに他ならない。
「やっぱり魔女は魔女ってことね」
「どういう意味だ?」
「いや、なにも」
テネリは腕から離れて行った手を目で追いながら、自由になった手で胸を押さえた。
「さっきも言ったが、すぐ屋敷へ帰る。ウルと言ったか、タヌキも侍女の姿にしておいてくれ。身の回りの世話をウルにさせれば、プライベートも確保されるだろう」
「人生の一大事を魔女に捧げちゃって、お気の毒」
テネリはレナートの脇をすり抜けるようにして歩き出した。
そうだ、レナートだって十分被害者と言えるだろう。ソフィアが聖女だったばっかりに想いを遂げることもできず、国のために魔女と結婚する羽目になったのだから。
「ていうか何なのよ、結婚てなに? アタシ聞いてないけど!」
「昨日決まったの」
足下に纏わりつくミアを抱きかかえて歩く。レナートが追ってくる様子はない。
「駄目よ結婚なんて!」
「わかってるけど、死ぬか嫁ぐかの二択なんだもん」
「こんなことならリサスレニスに行こうなんて言わなきゃよかったわ」
ミアは不満そうにプスっと息を吐いてテネリの腕の中へ顔を埋めた。
そう言えば聖女が怖いから行きたくないと言ったのに、リサスレニス行きを強く推したのはミアだったと思いだす。
「なんでリサスレニスを?」
「……さぁね」
「じゃ、ミアにも責任はあるってことで」
腕の中から小さな舌打ちが聞こえて、テネリはくすりと笑った。




