第20話 魔女は材料採集に出掛ける
「わああああああああ!」
「うるさいわね!」
テネリが目を覚ましたのは聖女宮内の客室のベッドの中だった。動きづらいと思ったら純白のドレスのまま、けれどもご丁寧にコルセットまで緩められた状態だ。
「ななな、なにがあったっけ? 薬! そうだよ薬飲んだら今まで体験したことがないタイプの、こう……」
テネリは記憶を振り返ろうとして顔に火がついたような熱を感じた。
昨晩のことを思い出そうとしても、すりガラスを通したみたいにぼんやりしている。ただ所々覚えていることもあって、とにかくレナートに触れていたいと思っていたような、そうじゃないような。
「わーもう! まだ薬の影響あるっぽい! 解毒剤! つくる!」
「は? 何時間経ったと思って……ちょっ、準備してから出なさい!」
ミアに追い立てられるようにして風呂に入り、ウルに手伝ってもらって支度を済ませた。
部屋を出る際に入れ違いにやって来た聖女宮の侍女に、朝食はいらないとだけ伝えて庭へ向かう。
「まさか向こうの庭に行く気?」
「だって材料ぜんぶあるじゃない! しかもノニッタまであるのよ」
そのまま食べても毒にしかならないが、正しく用いれば万能回復薬になるのがノニッタだ。
どこにでも自生する植物ではない。だからドゥラクナ領でカフェ・ファータの魔法薬に依存している人がいるとわかっていても、簡単に解毒剤を用意するとは言えなかった。
「ありゃ、さすがに今日は結界あるね」
聖女宮の庭と聖王の庭との境界には、金属の柵と門がある。それらには結界が施されており、普通の人間には無理に開けたり乗り越えようとしたりできないようになっていた。
「大人しくするって言ったわよねぇ?」
「えー。でももうアレッシオも私が魔女って知ってるんだよ? 細かいことは気にしなーい」
ミアの制止を無視して鍵を外す。そこそこの魔女だという自負があるテネリにとって、リサスレニスの結界を越えるというのは好奇心をそそられる挑戦だ。
門を開け瞳を閉じて、己の目の前に広がる壁を切り裂くイメージで上から下へ右手で撫でた。意外にもあっさりと、布を引き裂くような簡単さで結界が開いたのがわかる。
「え、拍子抜けなんだけど。お城の中だからカタチだけなのかな。それか……」
テネリが事情を知ってしまったから強度が落ちたのか。
後者の可能性を口にするのはさすがのテネリでも躊躇する。重大すぎる危機的状況と言えよう。
「それかなによ」
「……まいっか! それより早く材料集めなきゃ」
そもそも話をしたのはアレッシオであって、テネリの責任ではない。むしろテネリは嵌められた被害者だ。
「これだから頭空っぽ娘は」
昨夜の出来事を頭から追い出すかのように、足早に聖王の庭を歩き回る。
デジャヴというのだろうか、古い彫刻ほど見覚えがあるような気がしてキョロキョロと周囲を見渡した。
「昨日も思ったけど、ここ来たことない?」
「……気のせいでしょ、ここリサスレニスよ」
それもそうかと思い直して、テネリは目的のハーブを探すことに専念する。
この庭は調理に用いるハーブや観賞用の植物ばかりのため、全て揃うと言ってももちろん代用が含まれる。
「ほんとはサカサマノミが欲しいんだけど。まぁスズランでいいかー」
「ちょっ、素手――!」
「おや、可愛らしい泥棒さんですね」
スズランに伸ばした手は、男性の声によって止まってしまった。ミアはころっと転がって猫の振りだ。
振り返ると、テネリの背後には庭師の老人が朗らかな笑顔で立っていた。
「おはようございます! ごめんなさい、えっと」
「ハハハハ、いいんですよ。貴女は聖女宮のお客様だし、儂にとってはハーブ仲間だ」
「わぁ、良かった。実は私、いくつか欲しいハーブがあって」
見逃してくれるという老人の言葉にホッと息を吐きつつ、厚かましくもねだってみる。
駄目と言われれば正攻法でレナートやアレッシオに依頼するしかないが、昨日の今日で彼らと顔を合わせる勇気はなかった。
「ほう、なんでしょうか」
「ナンブオレガノ、ギンセージ、ノニッタ、サカサマノミ……サカサマノミが無かったらスズランでも」
「おやそれは――」
老人の目がスッと細くなる。ノニッタはもちろん、スズランも毒を持つ植物だ。警戒させてしまっただろうか、とテネリが愛想笑いを浮かべたとき、ざくざくと乱暴な足音が近づいてきた。
「侵入者は貴女ですか」
しかつめらしい顔でテネリを見下ろしたのは、レナートの部下でもある聖騎士団の分隊長だ。その後ろには彼の分隊のメンバーがふたり、控えている。
彼らは聖都までの旅を共にした分隊のひとつで、互いに顔見知りでもあった。
「侵入者……?」
「ブローネ伯爵令嬢。我々は聖王陛下直々の命により、貴方を拘束させていただきます」
「ええっ?」
分隊長が数歩近づくと、庭師の老人がテネリを守るように一歩前へ出る。
「何かの勘違いでは?」
「庭全域を探索中ですが、彼女が庭への入場を許可されていないのも確かですので一旦その身体を確保します」
それ以上の有無を言わせない雰囲気を纏って、分隊長はさらに前進した。




