第11話 魔女は社交界にデビューする
テネリの目の前に、大きくてキラキラした扉が立ちふさがっている。テネリの横にはこれまたキラキラした騎士礼装をまとったレナートが立つ。
純白のドレスを左手で整え、小さなピンクのブーケを抱えなおした。
「ブローネ家の令嬢として参加してもらう。が、先にデビューを済ませよう」
「人生三度目のデビューだわ」
「テネリ・ブローネでは初めてだ」
本来リサスレニス聖国におけるデビュタントボールは社交期の初めに開催される。すでにシーズンに入ってからひと月が経過しており、デビューするには大遅刻というわけだ。
それを、どのような手を使ったのか聖王および王妃の許可を得て、聖女のお披露目会の中でテネリをデビューさせることとなったらしい。
「ひっそりやってくれるんだよね?」
「今日の主役は聖女だからね、派手にしたくても誰も気にしやしないさ」
テネリの魔法は本人の性格のせいかかなり適当だ。髪色だって、毎日必ず同じ色になっているのか、自分でさえ自信がない。だから人の注目を浴びて記憶に残るようなことは避けたいのだ。
レナートが右手を差し出すと同時に、扉の向こうでテネリの名が高らかに宣言された。
会場に入り、聖王と王妃とが並ぶ場所までゆっくり歩く中、テネリとレナートには会場中から無遠慮な視線が突き立っていた。
テネリがエスコート役のレナートを横目で睨みつけると、レナートは小さく首を振りながら溜め息を吐いてみせる。どうやらこんなにも注目を浴びるのは彼にとっても予想外の展開らしい。
「あなたが噂のテネリちゃんね。とっても可愛らしい方!」
「噂……?」
王妃は挨拶もそこそこに親しげにテネリに語りかける。王妃の赤みの強い茶色の瞳が好奇心に彩られているのに対して、聖王は時期外れのデビュタントを訝しげな目で眺めていた。
「そうよ。ここにいる誰もがテネリちゃんに興味津々なの! 誰がなんと言おうと、わたくしは貴女を応援しますからね!」
「あ、ありがとうございます……?」
「なんにせよ、当面は目立った行いは控えたほうがいいだろう」
苦虫を噛み潰したような表情の聖王に、よくわからないながらもテネリが頷く。ブーケを聖王の側近が受け取り、テネリとレナートは御前を辞した。
「ねぇ、王妃様は一体なんの話してたの?」
「君は気にしなくていい」
レナートと耳打ちする間も、周囲の視線はちらちらとテネリを観察している。
ドレスが何かおかしかっただろうかと考えるも、これはアルジェント侯爵家が準備してくれたものだ。最新の流行には疎いけれども、コソコソと陰口を叩かれるようなものではないはず、と考えなおす。
よくわからないままレナートに手を引かれてやって来たのは、ソフィアとアレッシオの座る席だ。テネリはこれまでの疑問や不安を頭の隅に押しやって、ソフィアと抱き合った。
「ソフィア! これで正式に聖女に認められたんだね、おめでとう」
「テネリ様も無事にデビューできましたね、おめでとうございます」
「レナート、君の子猫ちゃんを僕に紹介してくれるかい」
テネリは改めて聖女の横に並び立つアレッシオを見た。輝くブロンドにエメラルドグリーンの瞳。そう言えば父である聖王の瞳も同じ色だ。
「彼女はテネリ・ブローネ。ブローネ伯爵家のご令嬢です。こちらはアレッシオ王太子殿下だ」
「初めてお目にかかります、テネリ・ブローネと申します」
「おや驚いたな、すごく礼儀正しい。どうぞ顔を上げて」
レナートの紹介に合わせてカーテシーをとったテネリに、アレッシオは気さくに話しかける。一方でレナートは隠すこともなく舌打ちをしていた。
ちょっと腹黒い部分もある優等生、というのがテネリから見たレナートの人物像だが、王太子に向かって舌打ちするとは相当な命知らずだ、と考えを改めることにした。割と短絡的な思考の持ち主かもしれない。
「殿下、これは殿下の差し金ですか?」
「人聞きが悪いなぁ、僕は何もしてないよ。面白いことになってるって昨日も言っただろう。でもこうなったら、どうするのが最善かレナートならわかるよね」
レナートが二度目の舌打ちをしたとき、近くへやって来た侍従が驚いて体を震わせた。彼は慌てて花瓶をテーブルの真ん中に置き、逃げるようにして離れて行った。
テーブルに新たにあしらわれた花はピンク色をしている。恐らく、先程までテネリが手にしていたブーケだろう。
通常ならデビュタントたちが持参するブーケやブートニアを会場装飾に用いるのだが、テネリ一人分のブーケではテーブルフラワーにしかならないからだ。
「後ほど、改めてお時間を」
「うん、テネリ嬢も一緒にね。……お、ダンスが始まるみたいだ。聖女様、どうか僕と一曲お願いします」
「ええ、是非。レナート様とテネリ様も一緒に踊りましょう」
聖王と王妃は既に手に手を取り合って会場の真ん中に出ている。そこへ王太子と聖女が加わり、会場の視線はホールの真ん中へと注がれた。
「はぁ……」
レナートの深い溜め息は、会場のざわめきの中へ消えて行く。




