064:~バンディア王国と説明の始まり~
「ず……随分とリアルな鬼と、命懸の追いかけっこデスネ」
「壱:古廻はん、違いまっせ? それ、本当の鬼ですねん。愚妹が地獄へ落としたんでっせ」
「お前そんな事も出来るのか!?」
「いえ!! あの……はぃ……」
〆は消え入りそうな声で恥ずかしがっている。
「壱:何でそこで顔を真っ赤にしとんねん!?」
「もう何でもありだな、お前達は……」
「フム、古廻様! 私もですか!?」
「壱:僕はまともでっせ!」
「少なくても兄達よりは数千段まともです」
「お前達……俺の目を見てもう一度言ってみろ? ん?」
流がそう言うと〝すうっ〟と視線を逸らす三人組。
そんな三人に呆れる流だったが、メイドが食事を持って来たので食べる事とする。
「お待たせ致しました。簡単な物との事でしたので、アメリカンクラブハウスサンドをご用意致しました」
「お? 美味そうだな。ありがとうよ」
メイドは嬉しそうに頭を下げると、四人分のお茶を入れて退出する。
「さて、それでどこまで話したか? ああ、そうそう。〆が賊を地獄へ落とした所までか」
「それは忘れていただければ……」
何故か恥ずかしそうにしている〆を見ながら、ふと思う事を聞いてみる。
「何故恥ずかしそうに頬を染める!? それで〆、お前達の事だから地獄へは何時でも行けるのだろう?」
「はい、何時でも行く事は可能です」
「やはり行けるのかよ……で、戻る事も可能なんだろう?」
「人を送る事は比較的に簡単なのですが、そこから連れ出す事はかなり大変ではありますね」
「つまり条件がある、と? まあ当然だわな。地獄からの帰還となると……あれか、金だな? 地獄の沙汰も何とやらってやつで」
〆はその発想に驚く、何故ならそれは当たっているからだ。
「よ、よくお分かりで。はい、実はお金と言うか、帰還者が持っていた財の全てを差し出せば帰還可能な事もあります」
「するとそれ以外にも条件があると?」
「はい、地区の管理者と交渉して、了承を得られれば戻る事が可能です。ただし今回私が『賊達を生きたままの状態で』送ったように、対象が生者である事が条件になります」
なるほどと、静かに頷くと流は少し考える。
「〆達は自由に出入り出来るのだろう?」
「はい、私達クラスならば問題無く。ただ古廻様は右手の紋章が覚醒すれば、私達が同伴すれば自由に行き来出来ます」
「そうなのか……」
流は右手にある、未完成の紋章を見つめる。
「近いうちにコイツも何とかしないとな」
その言葉に〆達三人は無言で頷く。
「それで地獄送りは何時でも可能なのか?」
「出入りできるのは私達三名なら問題なく行えますが、古廻様以外の生者を送る事が出来るのは私だけで、現在は行動範囲に縛りがありますので、この屋敷の敷地が限界ですね。また、送れる対象は脆弱な魂を持つ者のみとなります」
「なるほどなぁ……とりあえずその事は分かった。ああ、そう言えば捕えた賊達はどうなっている?」
参は窓へ向かい、その下を一瞥してから答える。
「フム。屋敷の中へ置いておくのも憚かられますので、庭の隅に纏めて捨ておきました。ただ……精神的に疲弊はしているようですが」
「お前達もやらかしたのか……」
「フム。申し訳ありません、私の監督不行き届きです」
「? まあいいさ。相手は殺盗団だしな」
参は疑問に思っていた事を流に聞く。
「フム。古廻様、屋敷に侵入した賊をなぜ生け捕りに?」
「ああ~ それはな、あいつ等は裏の顔だろ? 先日の打ち合わせで、お前達の行動限界を聞いてたからな。だからお前達がいかに能力が高いとはいえ、行動範囲が限定されているのは痛い。特に〆と参はこの屋敷限定みたいなものだし、壱は健康手帳を媒体としての活動だから、戦闘参加は今のところはダメだって言っていたろう? だからある程度、こちらの人員も必要かと思ってさ。裏の奴らで使える者が居たらいいなって思いつきで頼んだんだよ」
その答えに三人は頷く。
異世界へ自由に行き来できる程の神格を持っているとは言え、行動が無制限に出来る訳ではなかった。
まず〆だが、彼女は異怪骨董やさんの道具が反乱を起こさない様に、店から長時間離れる事は出来ない。
次に壱だが、彼は大昔からしている健康手帳の管理者として、流にどこまでも付いて行く事が可能だが、攻撃的な戦闘行為をするには手帳の管理者をやめる必要がある「万物の理」がある。
理を破る実力はあるが、相応のペナルティも発生するために、これは最後の手段となる。
最後に参だが、拠点防衛としてこの屋敷に力を注いでいるために、式神の制御で力をかなり割いている。
一度その制御を解いてしまうと、拠点としての結界術が消えてしまい、新しく構築するためには、長時間屋敷が無防備になってしまうのと、現在行っている屋敷の「この世界では無理」な改装が出来なくなるデメリットがあった。
無理をすれば〆と参は屋敷から離れて戦闘も出来るので、流が来る前に敵のアジトを壊滅しようかと思ったが、それはリスクが大きいので今に至る。
ただしこの縛りは絶対不変と言う訳では無く、流の紋章が解放されれば、次第に緩和されると〆達は考えていた。
そして何より流の成長する糧としての経験と、異世界の全てを「自分の目で見て欲しい」と言う思いがあるのも、〆達の自重の理由になった。
「そうでしたか……。なれば丁度良かったかもしれませんね。実は私が担当した賊ですが、古廻様のご希望に沿う人材を見つけました」
「お! 流石は〆。仕事が早いねぇ」
「うふふ、ありがとうございます。その者達から、この町に巣食う賊共の情報を聞き出したので、何時でも突入の準備は整っています」
「そうなのか! それはいい。で、その場所って?」
〆は近くの窓まで歩いて行き窓を開ける。
三階の建物が近場に無い事で良く見える、それなりに近い所にある建物の屋根を指差した。
「賊はあの屋根の建物である『オルドラ大使館』内部に巣食っているようです」
「オルドラ大使館? 先日偽の金塊を運んだ場所じゃなくて?」
「はい、金塊が運び込まれた場所は、偽装施設の一つでした」
「拠点が複数あるのか? 流石賊らしいな。それでオルドラ? オルドラ大使館ねぇ……。その名前は聞いたことがあるな」
流が思い出そうとしていると、壱が流の肩に乗って以前の話をする。
「壱:古廻はん、ほら以前商業ギルドで古廻はんが漂着した港って設定の所でっせ。その港の統治者の名前は「オルドラ・フォン・ドーレ伯爵」と言いますねん」
そう壱に言われると、バーツに元の所在を聞かれた時の事を思い出す。
「ああ! あの港か、思い出した。って、待て。その大使館って事は結構マズイんじゃないか? 地球なら他国の領土扱いだろ? こっちはどうなんだ?」
「フム。実はこちらでも同じですね。正確に言うと他国と言う訳ではありませんが、この世界の貴族は領地を持っている者が、一つの国に近いような意識を貴族同士が持っているようです」
「そうなのか。この国の国王はよくそれを許しているな」
「フム。そこが少し気になっていました。どうやらこの国の中枢は、有力貴族からは蔑ろにされている感じがあります」
そこで流はふと思い出す。
「そう言えばこの国の名前って何だ?」
「私が捕えた元賊の話では『バンディア王国』と言うらしいですよ?」
「バンディア王国ねぇ……それでその他国同様の大使館へと、俺はこれから攻め込む、と?」
「そうなりますね」
〆の肯定に少し考えた後、流は指示を出す。
「商業・冒険の両ギルドのサブマス以上へと使いを出してくれ。これから攻め込むが問題は無いかとな」
「フム。承知しました」
参はハンドベルを懐から取り出すと、セバスを呼び口頭で伝える。
「――以上の事を手紙にしたため、両ギルドへと即持って行きなさい。その場で返事を聞いてから戻る様に」
セバスは胸に手を当てて「承知しました」と言い、スマートな動作で部屋を後にする。
「んじゃ~後は出たとこ勝負って事でいいな? それと外に転がしてある賊でどうしようもないのは憲兵隊に突き出しておいてくれ」
三人は頷く。
「とりあえず……俺は少し寝るか」
「では異怪骨董やさんへお戻りになりますか?」
「そう言えばあっちとコッチの時間を多少はずらす事が可能なんだったか?」
「ええ、それなりに可能でございますよ」
「なら向こうで休んだ方がゆっくり出来るか……よし戻ろう」
流は異超門の扉を開く。
そこへ〆が当然のように付いて来ると、壱と参は部屋を後にする。
「では古廻様。私は先に戻りまして、湯浴みと床の準備を致します」
「ああ、頼む。〆……いつもすまない」
「っ!? な、何を仰いますか。そのための私でございます。では後程」
そう言うと〆は、そそくさと異超門への中へと飛び込むのだった。
「う~んあいつは何故顔を真っ赤にしているんだろうか? 最近顔赤すぎ……も、もしや病気か!? 因幡に後で相談しよう、そうしよう!!」
((流様、それは違いますって!!))
扉の影からソっと覗き見る、不穏な影が何かを言っているようだったが、流には聞こえなかった。
「さて、戻って休むか……流石に疲れた……って、この後が本番か? ふふふ……ブラック企業? 何それ美味しいの? あぁ~因幡をモフりたい」
濃厚な一日を思い出し、さらにこの後も続く殺伐とした終わらない一日を思うと、どっと疲れが押し寄せて来る。
そんな終わらない一日を忘れるためにも、因幡をモフって殺盗団に削られたSAN値を戻そうと、流は異超門を超えていくのだった。




