532:謙遜は美徳と誰が言ったのか
「相変わらずの読みですな、若」
「たまたまだよデリル。さて報告を聞こうかな?」
アルバートの前に現れた騎兵、それは東の主将であるセイジュであった。セイジュは部下を引き連れてアルバートの前に来ると、馬から降りて最敬礼をとる。
「遅くなりましたアルバート様。お召により参上いたしました」
「いや待ってはいないよ。丁度来たらいいなぁと思っていたところさ。それで聞かせてくれないかな?」
セイジュはその言葉で全てを悟る。アルバートは状況を聞きたいのではない――
(――ッ、この目だ。この目には勝てそうにない。が、俺を敵としては見ていないか。なら選択肢はまだある、か)
「どうしたんだい、言葉のままの意味を教えてくれればいいんだよ?」
「……は、ついその魅力ある瞳に魅了されまして」
「よしてくれないか、私に男食の趣味はないよ。それで?」
「失礼いたしました。先程殿下の配下がいらして聞いたのですが、まさかのお尋ね者だとは思わず、いつものように配下が通してしまいました」
「そうかい、いつものようになら仕方がないね。王都の門は金さえあれば全てが開く。そんなステキな門だからね」
「ご理解いただけたようでなによりです」
黄金の瞳で心の中を探られる。そんな気持ちになるほど、アルバートの瞳は不気味だが心地が良い。
それが視線をはずし、セイジュは自分の命が助かったと思った刹那――。
「――百八十日と、五時間二十一分」
「…………そうですね」
セイジュは眉一つ動かさず、突然の日時にうなずく。それを見たアルバートは楽しげに笑うと、馬を降りセイジュの元へと向かう。
「気に入った、流石だよセイジュ。君は優秀すぎるようだ、今日から私の旗下に加わることを許すが?」
「ありがたく」
「いいね~そうこなくてはね。辞令は後ほど正式に出そう。では着いてきたまえ」
そう言うとアルバートは馬に乗り冒険者ギルドへと進む。その後にデリルが続き、その後に近衛が十騎付き従う。どうやら最精鋭のようで、その十倍力を持っていると言われても不思議ではない気配を放つ。
やがて全員が去った後、アルバートたちの最後方からゆっくりと、セイジュたちも馬を進める。近衛隊からある程度の距離を確保した後、セイジュの部下がそっと話し出す。
「……セイジュ様、先程の日時はいったい?」
「あれは俺が東門へ着任してからの正確な時間だ」
「なんと。まさか殿下はセイジュ様の事を事前に知っていたと?」
「間違いないだろうな。だからこそ東門へと兵が殺到したのだろうさ。多分兵が来たのは俺のところだけのはずだ」
「では先程の日時は……」
「ああそうだ。あの日時の意味……それは俺が着任して以来、東門では〝不正が行われていない時間〟だろう。つまり俺の嘘を知っていて、俺を見逃したってワケさ」
「しかしそんな嘘を見抜きつつも、なぜ配下に?」
セイジュは苦々しく左手で顔を触ると、部下に片眉を上げて話す。
「なぜ? それはこの顔がピクリとも動かなかったからだろうさ。本当は恐怖で顔が硬直してたけなんだがな」
「ご謙遜をセイジュ様……」
部下の男はそう言いつつも、アルバートの瞳の恐ろしさは一度経験がある。だからこそ、セイジュの言葉もあながち本当なのかと思う。
しかしこのセイジュと言う男も、なかなかどうして食えない事で有名であり、部下の男から見ればどっちもどっちだった。




