516:とある陰陽師の娘と、敗北を知る漢
「そうだ、あの鑑定眼で観えた徳利。あれは最初は何かあると思っていたんだ」
「そうですねぇ、私もそう思って見ていましたもの。だけどただの徳利だった」
「ああ、でも鑑定眼はアレに狙いを付けていた。が、コレまでに見たことが無い緑色でな」
「ふぇ~そうなるとやはり、ただ単純に?」
「ああそうだ、骨董価値が高い〝ただの貴重品〟だ。歴史的やらそういう意味でな」
それを聞いたエルヴィスは、信じられないとばかりに流へと問う。
「い、いやナガレ。いくら余裕だったとは言え、お前との戦闘を見ていたが素人の私でも、あの男がピンチになった瞬間は見たぞ?」
「そこですよ~あくまで片腕でのピンチと言うだけです」
「そうだな……だからこそあの徳利を馬鹿みたいに大事にする余裕があった……結局俺は、あの徳利一つ壊すこともできなかったのか……」
流は美琴を少しだけ力を込めて抱きしめる。以前より冷たさが少し和らいだ体温を両手に感じ、赤く染まる月を見上げ――。
「ナガレ……」
『大殿……今はその悔しさを糧に生き抜く時ですぞ。漢にはそういう時も必要なれば、じっくりと心の雫を落とすがよろしかろう』
三左衛門の優しさが心に染み込む。つぅ~と頬を伝う、一筋の熱い感覚。それが美琴の額に落ちたことで、自分が泣いているということに気がつく。
「ふぇ~泣いてるんですかぁ? ぷっ、くくく――アイダッ!?」
「馬鹿者め、大殿をからかうのではないわ。見よあのお姿を……」
悲恋から抜け出た三左衛門は、向日葵を小突きながら「やれやれ」と出てきた。
そんな二人の声を聞きながら、流は予想以上にダメージ受けている事に気がつく。肉体はほぼ完治したとは言え、精神的にはかなり堪えていた。
いつもならば美琴が励まし、時には叱りつけ、二人で苦難を乗り越えてきたが、今はその最愛の相手がどうなるか不明なのだ。
いつも自信たっぷりに行動する自分だが、それは美琴あっての事と初めて知る。
「そうか……俺はこんなにも弱いんだな」
「そうですぞ、漢と言うものは脆いもの。それがしも、よく奥に尻を蹴られたものですぞ。今だから言えますがな? はっはっは」
「聞いたぞ三左衛門。悪鬼をも斬り裂き、山賊団の討伐にわずか十騎で乗り込み殲滅したとか。そんな漢がねぇ……」
「そんなものですぞ」
「ふふん、私なんて一人で姫を封印しようとして、数ヶ月山の中で生活したことありますもんね。ひ弱すぎますねぇ? お二人と――あべべべべ」
流を覗き込みながら煽る向日葵。次の瞬間、向日葵の左頬に激痛が走り、右の頬にも激痛が走る。
その懐かしい感覚に戸惑いながらも、擬似的に感覚がそうさせていると認識。そんな冷静な頭をフルにはたらかせながら、流がもう大丈夫だとホット胸をなでおろす。
「「お前はお仕置きだ」」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!?」
涙目になりながら、向日葵は「私がんばってるエライ」と自画自賛。そんな向日葵に流も濡れた頬を拭い、頬から指を離して向日葵の頭を撫でる。
突然の事に一瞬驚く向日葵。そして流の言葉でそれが何かを理解する。
「ありがとうな。お前が色々と考えてくれるから、俺は生き残れたんだろうさ」
「……え!? な、な、なにを!?」
「それと、そうやって俺を元気にさせる憎たらしさにも感謝している」
そう言うと流は美琴を抱きしめたまま立ち上がり、近くに来た嵐影の背中に美琴を乗せる。
その後に続く三左衛門とエルヴィス。そんな三人を見て向日葵は顔を赤くして――。
「――セクハラ許すまじ!! 今度の戦闘で陰陽術を使って葬り去ってやるッ!!」
激おこだった。ドスドスと地面を怒りにまかせ踏みしめ、ぼそりと呟く。
「でも、頭……なでられたの、自我が目覚めてから初めて……ふぇぇぇ」
そんな向日葵の言葉は誰の耳にも届かない。怒っているのか戸惑っているのかよく分からない感覚に、向日葵は不愉快に思いながら三人の後を追うのだった。




