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510:さようなら

 淡い紫色の魔具に照らされた二人は、剣戟が重なり刃に反射した紫色で一つの(まゆ)になる。

 やがて剣戟の繭の間から光が飛び散りはじめ、刀身同士が激しくぶつかりあった事で生まれた光が飛び散った。

 紫の繭から放たれる火花。それが水面に映りこみ幻想的に見えた瞬間、突如それが終わりを迎える。


「があああッハァッ――ぅ子切いいいいいい!!」


 流は童子切へとこれまでの人生で、最高と思える渾身の一閃を真横に(・・・・・・・・・)放つ。それを大上段からまっすぐに斬り落とし、悲恋を力任せに能楽堂の床へとめり込ませた刹那――。


「――よくやった。だがこれで仕舞だねぇ!!」


 童子切は淀んだ神気を込め、逆に真横に一閃。とっさに流は右手で柄を握り、左手で悲恋の刃の背を押さえながら防御態勢になる、が。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 赤黒い斬撃は流を容赦なく襲いながら体ごと吹き飛ばし、水面を水切りの石のようになり吹き飛ぶ。

 そのまま寺院の入り口である、阿吽像(あうんぞう)の前まで吹き飛ばされると、阿像の腹部に激突し落下。


「ガッハッ――ゲホッ」


 とっさに回復薬をアイテムバッグから出そうとするも、指すらまともに動かないことに気がつく。

 さらに強打したことで息も出来ず呼吸困難だと気がつくが、それよりもすでに水面を高速移動し、目の前に歩いてくる男……童子切から視線がはずせない。


「もう一度言おう。流……お前は本当によくやった。心底そう思う……」


 童子切は天に向けて刀を掲げた。すると先程青龍が吹き飛ばしたはずの赤い鬼神が持っていた真っ赤に鈍く光る斬撃が、天より降ってきて童子切の刀へと戻る。

 

(まさか……ソレが本当の奥義なのかッ!?)


 流は右足を前に出し、片膝立ちの状態で童子切のやろうとしている事を理解する。それはこれから童子切が真の大業を放つと言うこと。つまり〝神刀流奥義・朱顛鬼神斬(しゅてんきじんざん)〟であると言うことを。


「死ね」


 ――朱顛鬼神斬。この業は元は(・・)悪鬼を斬るためだけに作られた業である。その威力は、数多(あまた)の鬼を斬り裂いてきた童子切だからこそ完成された業であり、現在は鬼より上等な古廻を滅した魂で威力を増す。

 倒した強敵の魂を封じ、それを贄とする事でさらに力を増し奥義へと至る。故にその威力、敵を屠れば屠るほど強くなる。


 そしてこの特殊な斬撃を発動するまでには時間がかかり、その時がついに今――。


 童子切が左肩に刀を背負うようにかまえると、体をひねりながら一気に斜めしたへと刀を振り下ろす。

 瞬間現れる〝赤く濡れた斬撃〟は、これまで喰った魂の雫をまといながら、流へと無慈悲に襲いかかった。


(くぅ、動けええええええええええええ!!)


 必死に抵抗しようと流は全身に力を込める。が、力を入れれば入れるほどに全身から力が抜けていく。

 妖力や魔力があれば、悲恋美琴で受け切ることも出来たかもしれない。だが今それは尽き、徐々に力が戻ってきたとはいえ指すらまともに動かせない。


 このまま悲恋美琴で受ければ、いかに日本最強の妖刀といえど折れる。だから決断する。悲恋を――美琴を捨てさり、己一人でその業を受けきることを。


「さようならだ、美琴」

『何を言って――ッ!?』


 突然呼吸が戻り奇跡が起きた。動かないはずの右腕が本当に最後の力を使ったように、悲恋美琴を投げ捨てると同時に、骨と筋肉が上腕内部で〝ボヂリ〟とちぎれ折れる。

 迫る赤く濡れた斬撃。それを見ることなく、流は地面に突き刺さった悲恋を、美琴を、最後まで目に焼き付けようと視線をはずさないのであった。

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