505:天へ帰る時が来たのです
猛る雅御前は大鎌を左右で八の字に振り回しながら童子切の首を狙い、流は右から胴体を一閃。
「殺らせるかよッ!!」
童子切は刀を水面に突き刺すと、それを勢いよく抜き放つ。親指は下向き――つまり。
「雅!! 防御型の紅時雨だ離れろ!!」
「やだ!? 流が私を名前で……もぅ、ばかぁ」
『バカは天女ちゃんだよ! 早く逃げて!!』
雅御前は照れながら大鎌を一閃。その表情と行動がまったく合わないが、その殺意だけはさらに増し、童子切を一閃した刹那に紅の花びらが舞い散り童子切を包む。
そのまま大鎌を絡みとるようにまとわりつき、花びらの中へと吸い込んでしまう。
「雅ッ!?」
「天女ちゃん!?」
流と美琴は背後へと飛びながら、その様子に愕然と見ていることしか出来ない。雅御前は大鎌を失い、刃となった赤い花びらのドームが襲いかかって来ているのだから。
「まずは一人かねぇ」
童子切が紅の花びらの中からそう言うと、雅御前の断末魔を期待する。が、一向にそれが聞こえ不思議に思った瞬間、その断末魔がするであろう場所から異音が聞こえる。
「なんだ…………? まさかッ!?」
童子切は雅御前がいる方向からの異音の正体に身構える。このカウンター防御型の業である紅時雨を喰い破り、一羽の青いツバメがその向こうから飛翔してきた。
さらに続く青いツバメ。やがてそれが紅の花びらに当たっては砕け散り、その奥からまた青いツバメが飛んでくると、また砕け散る。
それが加速度的に増えていき、最後に人の顔が這い出るほどの隙間になった瞬間――。
「――み~つけたぁ」
「ぬぉおぉぉぉぉあ!?」
紅の花びらの防御を喰い破り、その奥から一人の娘が恐ろしい顔で覗き込む。雅御前は実に嬉しそうにそう言うと、いつの間に取り戻したのか大鎌を手に持ち「フンッ!!」と気合一閃。
斜めに青い閃光が走ったかと思えば、そのまま紅の花びらのドームは崩れ去る。
そのありえない行動。そしてあまりの恐ろしい顔の女に、流石の童子切もゾクリとして悲鳴をあげる始末。よほど恐ろしいんだろうと、流と美琴もゾクリ。
「チィィィッ、面倒な女だよッ!!」
腹ただしげに童子切はそう言うと、紅時雨の型を解き少なくなった酒をあおりつつ、右手に持った刀で雅御前を横薙ぎに一閃。
その隙きを狙い流も童子切へと斬りかかるが、童子切は恐ろしい膂力で雅御前ごと流の方へと薙ぎ払う。
「ちょ、流どいてえええええええ!!」
「ば、こっちに来るな!!」
「ひっどーい!!」
会話はコミカルだが、その様子はお互い必死だ。妖力で水面を自由に動き回れる流とはいえ、まだまだ地面の上とは勝手が違う。
予想外の出来事には力の込め方がおぼつかず、水に足をとられてしまい思わず水中に片足を突っ込んでしまう。
そこから復帰するのに実にコンマ七秒。だが童子切の前ではそれは致命的な死を意味する。
「乳繰り合うのはあの世でやるんだねぇ」
童子切は左肩の後ろから刀を引き抜くように流へと一閃。そのタイミング――回避不能!!
「――――――ッ!!」
流は時が止まったかのように感じる。童子切の刀がゆっくりと見え、自分の右肩からその銀色の刃が侵入し、体を両断する未来がハッキリと分かるほど、刹那が永遠に感じる時間。
(これは避けられない――すまないみんな。童子切はバケモノすぎた)
流は全てを諦め銀色の死神が着斬するのを見ることしか出来ない。そしてそれが残り一メールまで迫った刹那――。
「――ぐはッ」
流との間に影が出来ると、その銀色の死神を止めてしまう。その白い薄絹からのぞく美しい腕。王冠を斜めにいただき、青いツバメを肩に乗せながらゆっくりと振り向く。
その美しくも病んでいる瞳の奥に見える優しい眼差しで、肩越しに振り向き流を見つめる娘がいた。
「雅いいいいいいいいい!?」
「無事で良かった……雅って……初めて呼んでくれて嬉しかった……よ」
「なんで……お前まで……」
「もぅ、おばか……流は私のもの。美琴にも渡さないわ……ふふ」
「なにを言っているこんな時に……」
「こんな時……だからだ……よ……美琴……後はお願い」
『うん、分かった。ずっと待っているんだよ』
「あり……が、とう」
そう言うと雅御前は霧になり消え失せる。それを呆然と見つめる流に、童子切はいらつきながら襲いかかるのだった。




