493:バケモノは漆黒の鮫を解き放つ
「ナガレエエエエエエエエエエ!!」
エルヴィスは力の限り叫ぶ。沈む流はいまだ動きがなく、水面からは泡が浮かび上がる。
駆け寄ろうとするエルヴィスを駒那美が止め、その視線の先にいる男――童子切へと全員の視線が集まっていた。
その注目の主、童子切は右手の刀をぶらりと下げ、大徳利をあおり呑む。どうやら残りは半分をきったらしく、その表情はさみしげであり流より中身が気になるようだ。
「あぁくっそ、半分をきったか。酒が無くなるのは何より寂しいねぇ……まぁ酒も寂しいが、好敵手という存在がいないのも寂しいねぇ」
もう一口酒を呑み、流れが沈んだ水面近くへと行く。泡立つ水面を見つめ「駄目かねぇ」とため息一つ。
刀を右肩に担ぎ、三度肩を叩いた瞬間それは起こる。突如泡立つ水面が静まり返り、童子切が諦めたように水面を背にしようとした時、水中の内部より激しく妖気が高まる。
「あぁん? やっこさんまだ元気だったかい。いいねぇ……そうでなくちゃぁ古廻は名乗れないねぇ」
そう言うと童子切は刀を納刀。さらに懐からコルクに似たフタを取り出し、徳利にしめてから両足に力をこめる。
両足に淀んだ神気が満ちあふれた瞬間、童子切は驚くべき行動にでた。なんと水面を走り出し、流れの沈んだ場所へと駆け寄る。
「はっはっは! こいつぁ楽しい、水上戦なんざ何百年ぶりだろうかねぇ!」
納刀したままの刀に神気を込め、童子切は大きく飛び上がり眼下の流が沈んでいるであろう場所を見つけ出す。
そのまま右手を鞘に収められた日本刀の柄を握り、赤黒い淀んだ神気をこれでもかと練り込む。
「さてさて祭りは仕舞だ! コイツでくたばっちまいなぁ――神刀流・無響羅刹!!」
水面より十数メートルという、ありえない距離を飛び上がった童子切は、魔具で照らされた青い水面へと向けて渾身の一撃〝無響羅刹〟を放つ。
瞬間音と色が消える世界……音は無いが、耳鳴りでもしているような不快さを全員が感じ、色が抜け落ちた世界に混乱する刹那にそれはおこる。
色が無いはずだが、童子切が放った死の斬撃・無響羅刹は色のない世界で唯一色を輝かせた。
銀の閃光をひきながら、水面へと三日月型の死神の鎌のような斬撃を無数に放つ。次々と斬撃が水面へと吸い込まれ、次の瞬間水面は爆発したかと思える水柱が次々と巻き起こる。
それを見た童子切は右の口角をあげ、水中の遊び相手の最後をさとる。
「これで生きていられたら本物なんだがねぇ……まぁ無理なはな――ッ!?」
ひときわ大きい水柱が立ち上がり、その中にバケモノがいた。長く輝く銀髪に真っ赤な瞳で、瞳孔は金色で縦に割れている。ほとばしる妖気の渦は周囲に弾け飛び、それが周囲へ被害をもたらす。
そのせいで破けた服から見える肉体は、梵字に似た模様が浮かび上がり、その表情はとても理性ある生物とは思えない。
よく見れば犬歯が伸び牙まで生えており、刀を持つ手の爪が肉食獣のソレ。
バケモノは咆哮を上げる――「ウゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」と、理性のかけらもない咆哮をあげた瞬間、周囲の水柱がバケモノへと集まり始める。
「なんだいありゃぁ……妖人? いや、あんな風にはならねぇは――ッ!?」
突如バケモノが手に持った刀――悲恋美琴を右手のみで振りかぶると水柱の中より童子切へと一閃。
漆黒の妖気を纏った斬撃は、敵を喰い殺す事を至上の喜びとばかりに襲いかかる。
いや、本当に喰い殺そうとしているのだ。なぜなら――。
「なんで斬撃に目がついていやがるッ!?」
童子切は初めて見る業に驚き、それを弾いていいものか迷う。それは明らかに斬撃ではなく、生物の躍動感そのものであり、まっすぐ飛んでくるとは思えなかったのだ。
「くっそ、こんな古廻は知らないねぇ。だが、それがいいねぇ」
水面へと着地した童子切は、そのまま刀の先を水面へ突き刺し勢いよく引き抜く。
瞬間真っ赤な花びらが出現し、童子切の反撃が始まる。
「まぁ黒鮫さんよ、コイツでも喰いなよ。神刀流・紅時雨!!」
持ち手の親指は上。つまり攻撃型の紅時雨は三本の赤い刀身となり、理性を失ったバケモノ――流が放った漆黒の斬撃に食らいつくのだった。
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