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489:窮地を楽しむ男

「さてさて……この天地が何処(どこ)かすらわからない狂った状況。これはこれで酒がすすむと言うものさねぇ」


 左斜め上から生えるように立つ童子切は、この奇妙な感覚を楽しんでいた。体が左上に引っ張られる感覚で、頭に血が集まりとても不愉快。

 だがそのまま酒をあおるが、不思議と特大とも言える徳利の中身からは酒はこぼれない。それを見た童子切は「ははぁ~ん」と何かを納得し、「酒は身を助ける(・・・・・・・)と言うが本当だねぇ」と微妙に間違った事を言う。そんな事をつぶやいていると、全方向から流の声がする。


「なぁ童子切……あんたからは(ふたば)と違い破滅的な邪気を感じない。本当に俺の敵なのか? ただ戦いたいだけなら、俺が本物(・・)になってから再戦をしよう。俺はあんたとの戦いは――」

「――そう、避けられないねぇ。分かるだろう? 俺はおまえさんの先祖を楽しんで斬り殺した。今更おまえさんだけ見逃しちゃぁ先代に悪いってもんさねぇ」

「無論だ。俺もあんたとの戦いは避けれるとは思ってはいない。が、それは今じゃない。はっきり言おう。この骨董品は破格だ……今回持ってきた中でも上位と言える。それを使えば童子切、あんたは死ぬことになる」

「そいつぁ物騒だねぇ」

「あぁ本当にな。だがあんたはそれを求めていないはずだ。あくまでも俺との決着は剣と剣。己の力のみでの勝敗にこだわるはずだ」


 童子切は右目を見開き、天井か床なのか分からない景色を見てため息をつく。そして徳利を見ながら話す。


「そうさなぁ……俺もそろそろケリを付けたいとは思ってはいたんだが、こんな興ざめな状況で決着と言われても納得は出来ねぇわなぁ」

「童子切あんた……ッ!?」


 寂しそうな童子切の表情に一瞬目が奪われた瞬間、童子切は刀を鞘に高速納刀する。流はそれを見て確信。そう、これは紛れもない抜刀術だと。

 それもこの男が放つ抜刀術だからこそ思う、一刻も早く童子切を始末しなくてはと。


「クッ!? させるかよ!!」


 流は無限万華鏡をフルに使い童子切を惑わす。それと同時に今できる最大限の攻撃をする。

 この無限万華鏡という骨董品は、発動まで時間がかかる。しかも発動条件を厳しくすればするほど威力が高まり、命を捧げれば世界を変えるとすら言われるいわくつきの品だ。

 当然〆はこの骨董品の使用に反対し、壱や参までも流へと考えを改めるように言う始末。

 だが流はそれを聞かずに持ってきた。そんなリスキーな骨董品だからと言うこともあり、五老の審査は特に甘く、ほぼ制約無しに持ってこれた品だ。


 今回、流が〝無限万華鏡〟の発動させるために供物として捧げたもの……それは、〝流が死ぬ体験を百八回体験すること〟であり、実際の肉体は健在だがその痛みと苦痛は本物であった。

 それを甘美な雫として味わった巻物――無限万華鏡はそのもらった報酬分を力に変えて、童子切を優しく包む……死の無限回廊へといざなうために。


 その能力はまさに即死級であり、その効果は絶大。まず、〝四感喪失・痛覚万増・虚脱感最大・体温零度・視覚倍増〟という凶悪さ。それがダイレクトに痛みと精神汚染を刻みつける。

 ただ視覚だけがなぜ倍かと言うと、恐怖をその目に死の瞬間まで強烈に焼き付けるためであり、流もその能力があるとは知らない。

 それが今、全て開放され童子切へと襲いかかる。が、童子切は動かない……いや、動けないのかもしれない。


 微動だにせず目を閉じたままの童子切は、流の分身体が万華鏡からとめどなくあふれ襲う、その瞬間をじっと静かにまつ。

 流群が童子切に斬りかかるまで残り五メートル。それでも動かず童子切は静かに目を閉じ(たたず)むのだった。

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