484:妖気と神気
だが同時にこうも思う。油断なく鑑定眼で見たからこそわかる、童子切の業はなにか制約があるのではないかと。
その業である紅時雨はどう見てもまともな剣の業ではない。剣を振るうどころか、空中にとどまりそれを抜く。
だからこそ紅時雨はむしろ魔法に近いものに感じ、もし剣の業であればなにか制約があるのでは? と流は考える。
(コイツはカウンター型の業か? 攻撃と防御の転換は握り手の〝親指〟と見て間違いない。上に向けば攻撃。下に向ければ防御といったところか? そして多分この業は――)
そう思った流はさらに攻撃を開始。まずは童子切が攻撃をする前に連斬を重ね斬る!
「ジジイ流・壱式! 三連斬!!」
「おっと、今さらそんなも――ッ!?」
「ジジイ流・肆式! 三連斬!!」
「ちょっと待て! その業は連続して使えねぇはず――ッ!?」
「ジジイ流・肆式! 四連斬!! からの~参式四連斬!!」
童子切の知らない業で翻弄させ、通常の壱式連斬と一撃集中の肆式と続き、拡散型の参式で斬り込む。
いかに童子切が剣の手練と言えど、片手でのみそれを払い続けるのは困難。だから流は思う。必ず防御体勢に移行すると。
「チッ、仕切り直しだ。神刀流・紅時雨!!」
童子切は〝親指を下向き〟にしたまま刀を空中へ突き刺し、直後にそれを高速で抜き放つ。
刀身が真っ赤に染まり、空中に展開される赤き桜の花びら。それは本来の【極】の威力より落ちたとはいえ、その近くにまで昇華した銀龍をほぼ防ぎきった防御力の固まり。
その絶対とも言える赤き壁が流の前に現れ、それが完成した刹那に流へと剣山のようになった花びらの壁が行く手を阻む。
「そう来ると思ったぜ、ジジイ流・薙払術! 岩斬破砕【改】!!」
流の妖力を最大に込めた岩斬破砕を、鑑定眼で見極めた一点へと打ち込む。それは花びらが幾重にも重なり、特に硬い部分……だが、だからこそ一番脆い。
銀龍が喰い破られなかった最大の原因は、その硬さより〝柔軟さ〟だった。つまり花びらがやわらかくつつみこみ、銀龍の突進を防ぎながら斬り刻み威力を削いでいった。
だが一点だけ壁型の紅時雨には不可解な場所がある。それが流が見つけた〝要〟とも言える場所であり、一番硬く花びらが折り重なっている部分だ。
岩斬破砕は砕き割るのに特化した業でもある。だからそこへ流の妖力を最大に込めた斬撃が着斬すれば――。
「なんだとッ!?」
「砕けろおおおおおおおおおおお!!」
流はさらに妖力を込め岩斬破砕の威力を底上げする。その成果がすぐに現れ、赤き花壁に亀裂がクモの巣状に走り――砕け散る。
驚く童子切の顔がその向こうから現れ、流も口角を上げならさらに斬り込む。
さらに三連斬を左上から斬り下げ、それに童子切も対抗する。そのまま右手のみで悲恋を持ち、回転しながら次の業へとつなげる。
「ジジイ流・戦舞術! 鎌迅乱舞!!」
右手首を左ひじに挟み込み、そのまま遠心力と、妖力で強化した身体能力をフルに使い肉弾戦を挑む。
童子切もその業は見たことがあるが、それは格下か良くて同格相手にしか通じない不完全な業と認識していた。
だが今目の前の漢、流はそれをさらに昇華し妖力と言う、本来の古廻が使えない力で攻守ともに完璧な状況で襲ってくる。
「面白いねぇ~古廻を超えた古廻かい? たまらないねぇ」
童子切もそれに素直に付き合う。武人故にバカ正直に自分に不利な攻撃でも、それを楽しむという性格。
流なら絶対に付き合わない。つまりは流とは真逆の行動なれど、流は童子切がそれに付き合うのを確信していた。なぜなら――。
「そうくると思ったぜ、流石は武を極めしものは信頼が出来る」
「あぁ、それは流の先祖にも言われたねぇ。おたくらの家訓かなにかかい? 暑苦しい……が、嫌いじゃないねぇ」
童子切は困ったように笑うが、実に楽しそうだった。徳利から酒を一口煽り呑むと、流の攻撃をいなしながらまた一口。
回転しながら繰り出される斬撃を右手に持った刀でいなし、弾いた瞬間ケリが左耳の真横から滑り込み鼻先をかする。
チリリと皮膚が焦げる香りが鼻孔に入り込み、童子切は「いやだねぇ」と呟きながらも、回転が真横になった斬撃を下からすくい上げ弾き返す。
だがそれを狙っていたのか、流はカカト落としを童子切の脳天から落としながら、妖力で最大に強化した悲恋で、触れるものを粉砕する破壊コマと化して童子切へと襲いかかる。
「なんだいそりゃ? そんな出鱈目な攻撃なんて昔は無かったんだがねぇ」
「俺だけの業だよ、もっと楽しみな!!」
童子切は「存分にいこうじゃないか」と言うと、刀に淀んだ神気を込める。そのまま刀を流の動きに合わせて斬り結び始め、やがては剣戟の山となり白い妖気を纏った旋風と、赤黒い神気を引く見るものを圧倒する光景となるのであった。




