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047:美琴、呆れる

 流が昼から享楽亭が見える所まで行くと、気配察知に敵対的な雰囲気を持つ者が居る事を察知する。


(宿屋の向かいの建物の影と、露天の店主もそんな気配だ……。そして宿屋の中にも居るな、多分一階の食堂か?)


 剣呑な眼差しでこっちを見る露天の店主と、影に潜む男からの視線を合わせず確認しながら、ラーマンの上でリラックスした姿勢で宿屋の前に到着する。


「ラーマン、悪い。宿を引き払って来るから少し待っててくれないか?」

「……マ」

「ああ、そんな感じで頼むよ」


 流が宿屋へ入ると、ラーマンは〝ぬぅ~〟っと伸びると丸くなって目を閉じる。

 宿の入り口を潜り、すぐ横にある食堂をチラリと見ると、一目で分かる如何にもと言う男達のテーブルが見えた。


(あそこで食事している奴らか? ギラついた目で見やがって、ド素人なのか?)


 目つきが悪い男達の視線をこれでもかと背負い、流はカウンターへと向かう。


「おーい。お客さんですよ~」

「はいはーい。あ! お客さーん、何処に行ってたんですか~? 戻ってこないから心配してましたよ」

「心配かけて悪かったな。それで今日は宿を引き払いに来たんだ」


 テーブルの目つきの悪い男達が、ざわりとする。そんな分かり易い態度に「馬鹿なのかこいつら?」と、逆に心配になる流は宿屋の娘(困惑中)に話を続ける。


「泊る場所が出来たんでな、突然で本当に悪いな」

「また……そうやって私を捨てるんですね?(憤慨)」

「人聞きの悪い事を言うな、俺がいつお前を拾った」

「あんなに心から通じ合ったって言ってたのに(哀愁)」


「え?」

「え?」


「いや、あれはお前もこの宿の名前が変だって言うから……」

「え? 変なのはお客さんですよ……(困惑)」


「え?」

「え?」


「……俺の何処が変か言ってみろ」

「だって、こんな可愛い娘を見たら普通いやらしい目で見るじゃないですか! 絶対変ですよ! さては一部の女子に人気の趣味な方なんですね!(ドヤ顔)」


「…………」

「(ニヤリ)っアイダダダッ!?」


 流は右手でチョップを三連叩き込みむ。


「お前みたいなチンチクリンに、誰が欲情するか!! 馬鹿め」

「うぅ、チョップ三連もしなくていいじゃないですか~」


 そう言うと宿屋の娘(守銭奴)はうるむ瞳と上気する頬で、両手を出してアピールする。


「ひゃぃんッ!」

「お前は本当にブレない奴だな。世話になった? から駄賃だ」


 流は右手の親指で銀貨を一枚弾くと、宿屋のブレないの額にビシリと貼り付ける。


「お、お客しゃん……すき……(愛、それは真実かね)」

「お前の恋愛の基準は金か? はぁ~。ここまでブレないと、いっそ清々しい奴だよ。残りの宿代は好きに使ってくれ。それとこれは部屋を空けた迷惑代の金貨だ、受け取ってくれ」


 その行動に目つきの悪い男達がボソボソと話し始めている。

 内容は聞こえないが、どうやら流の言動に気色ばんでいるようであった。


(安い宿代エサに食いついたか? これで俺が金を持て余していると、さらに補正が入れば尚いいが……さて)


 男の一人は流を一瞥すると、宿から出て行くのが見える。


(よし……報告にでも行ったか)


「お客さん私をお嫁にしてください!(期待)」

「お前のお婿には王貨で全身コーデした、趣味のイイ爺さんが迎えに来てくれるまで待ってろよ。じゃあ世話になったな。おっと、もし用事があるなら、俺はお屋敷街の幽霊屋敷に住んでるから、いつでも来てくれ」


 そう告げた後、抱き着く娘をもう一枚の銀貨で黙らせ、流は宿屋を後にする。

 背後では目つきの悪い男達が宿の影からこちらを伺っていた。


(コイツらはこんな馬鹿で大丈夫なのか? そんなバレバレな事をしたら誰でも不審に思うだろうに)


「待たせたな、じゃあ今日最後の仕事だ。悪いがお屋敷街まで頼むよ」

「……マ~」


 流を乗せたラーマンはゆっくりと立ち上がると、そのままゆっくりと・・・・・歩き出す。

 それを見ていた男達は話し込む。


「おい、それは間違いないんだな?」

「ああ間違いない。宿代の払い戻しをしない所か、金貨や銀貨を宿屋にくれてやってたぞ」

「噂以上……かもな。よし、お前達二人は顔が割れている。追跡は俺達がするから、予定より手勢を集めるように繋ぎを付けてアジトで待ってろ」

「了解だ、見つかるなよ?」

「馬鹿言うな、俺達がそんなヘマするかよ」


 二手に分かれた男達のうち二人は、流の後を尾行する。


(付いて来てるねぇ~、健気だねぇ~、なんか楽しくなって来たぞ!!)


 流は実に悪い笑顔で口角を上げるが、それに気が付いたのは美琴だけだった。

 美琴は「もぅ」とばかりの雰囲気を出したのが流にも伝わる。


「そう呆れるなよ、こう言うのって燃えるだろ? なあ壱?」


 いつの間に居たのか、壱が流の右肩に止まっていた。


「壱:そやで美こっちゃん。漢っちゅうもんは、こう言う状況を楽しむ余裕があってこそなんやで?」


 壱の言葉に美琴は「ふるふるヤレヤレ」と呆れるように揺れる。


「壱:で、古廻はん。この事を参に……?」

「ああ、頼む。丁重なご招待を、な?」

「壱:はいな」


 壱は背後から見えない様に、流を背に高速で飛んでいった。


「クックック、さて……我が屋敷、最初の客が招かれざる者なのが残念だが――。参のおもてなしに期待しようじゃないか」


 どこの悪い奴かと思うような台詞に、更に悪い顔でニヤつく漢がいた。

 そんな流に美琴は「本当にもぅ」と言う雰囲気を出すのだった。



◇◇◇



 やがて屋敷が見えて来ると、屋敷の門の前には見慣れない衛兵が立っていた。

 その衛兵は高齢のようで、見ると背中を壁にもたれかかり、槍を杖のようにして〝こっくりこっくり〟と器用に舟を漕いでいる。


「ラーマン、今日はあちこちありがとうな。これお礼だよ」


 出かける時には居なかった門番に片手を上げて挨拶するが、寝ているようで微動だにしない。 流は職務怠慢な門番を苦笑いしながら、今日も頑張ってくれたラーマンの鞄へ多めに運賃を入れる。


「……マママ」

「何、気にするなよ。それより今度お前達が居る公園へ行ってみたいんだけど、商業ギルドの近くにあるのか?」

「……マ」

「え? それよりこの近くに良い所があるって?」

「……マ~」

「そうなのか、じゃあ今度そこへ案内してくれよ。じゃあまたな!」

「……マッマ」


 流はラーマンを一撫でし、門番を軽く一瞥すると「開いたままの門」を超えて屋敷の中へと入って行った。


 その様子を建物の影から無粋な視線で見る二人の男達がいた。


「ここがそうなのか……」

「想像より遥かに金を持っているようだな」

「見ろ、門番は役立たずのジジイ一人だ。壁もそれなりに高いが、道具さえありゃ超えるのは訳ねえな」

「よし、じゃあこのままここでお前は待機だ。俺は侵入道具と、偵察の手勢を集めて来る」

「分かった、じゃあ待ってるわ」

「しかしこれは……」

「お宝の匂いしかしねーな!!」


 そう笑い合う男達は流の財産に目が眩み、その屋敷の不自然さに全く気が付いていない。


「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」


 屋敷に入ると居並ぶメイドと執事二人、その様子に圧倒され数歩下がる。

 そこへ参が頭に壱を乗せてやって来る。


「フム。お帰りなさいませ古廻様。兄上より話は聞きました。どうやら賊が最初の客人になりそうですね」

「おおう!? な、何だか凄い出迎えだな。旦那様? ……俺か!?」


 そう言えば最初に来た時も言われた気がしたが、あの時は急いでいたので忘れていた流である。


「まあそんな感じらしい。それで首尾は?」

「はい、まずはご覧になられたかと思いますが、役立たずの衛兵を配置しました」

「あ~あれな。思わずツッコミそうになる程のマヌケさで、笑いを堪えるのに大変だったぞ?」

「それはよろしゅうございました。次に元々あったセキュリティは解除しました。主に壁超えや、窓からの進入が可能となっています」

「上出来だ。で、他にもあるんだろ?」

「ご慧眼恐れ入ります。そちらは今夜のメインイベントとして、お楽しみいただく予定です」


 流は嬉しそうに〝パンパンパン〟と鷹揚に三回手を叩く。


「素晴らしい! 流石だ参よ! では今宵の宴に期待しよう。ハーハッハッハ!」


 実に楽しそうに笑いながら、流は三階へと向かって行った。

 美琴が異世界を見るような遠い目をしている気がするが、気のせいなのだろう。


「壱:なあ? 言った通りやろ。流様は今、悪役のロールを楽しんでるんや。ほんま面白いお人やで~」

「兄上の言う事が当たるのは釈然としませんが、お喜びになられたようで良かったです。それで賊はどうなりました?」

「壱:見張りを一人残して後は応援を呼んで来るみたいやな。今日は下見で襲撃は無さそうや」

「それは残念。では精々楽しんで帰ってもらうとしましょう」


 参は即座に使用人達に「前夜祭」の指示を出すのであった。



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