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478:隻眼は天を穿つ

 王都まで最後の村を抜けた流とエルヴィス。つぎの通過点は無法地帯、〝永楽(えいらく)(その)〟である。その話をエルヴィスは流に説明をしていた。


「――って言うと、その永楽ノ園って言う場所へ向かったほうがいいのか?」

「そうだな、あそこを抜けた分岐点から各門へと道が出来ている。迂回する事もできるが、たとえラーマンといえど回り道になってしまうから、そこを抜けたほうが結果はやいだろうな」

「ならそうするさ。だが、なんだこの感覚は……」


 流は言いようのない、胸の中が落ち着かない感覚に襲われる。まるで虫が背中を這いずり回っているようでもあり、氷の手で心臓を撫でられているかのようでもある。


(なんだこれは? 第六感が警報を鳴らす手前に似ているきがする……だが、逃げるなとも押されている気もする……そうだ、血が騒ぐんだ。血――ッ!? 千石の野郎か!! あの野郎、俺にいったい何をさせようとしている? クソッ落ち着かねぇ)


 イルミスに口移しで体内へと入れられた先祖の血液を思い出す。それが突如覚醒したように体中で高ぶっているのを感じた流は、その原因である先祖である古廻千石へ悪態をつく。

 原因は分らないが、なにかこの先にあると言う確信があった。


 だが流は勘違いをしてしまう。王都と言う魔の巣窟に目を奪われ、その手前にある最大の脅威を見逃していたことを。

 だからその血の騒ぎは王都そのものの、生きている悪意を感じたからだと認識してしまっていた。


「どうした浮かない顔をして、おまえらしくもない」

「……あぁ、すまない。少し俺の中の先祖のかけらが高ぶっていてさ。多分王都の悪魔よりも悪魔な王への忌避感なのかもしれないな」

「そうなのか? ならいいが。それで話しの続きだが、この先の永楽ノ園は日本人がやっているのは間違いないんだろう?」

「だと思う。その永楽ノ園(・・・・)もそうだが、遊郭(ゆうかく)なんてのはそのまま日本語だしな」


 エルヴィスは「そうか」と言うと、その全容を説明する。どうやら無法地帯とはいえ、あるルールがあるらしい。その絶対のルールというのは――。


「――駒那美(こまなみ)? その女が永楽ノ園を仕切っていると?」

「そうだ。その駒那美という女があの背徳の園を仕切っているらしい」

らしい(・・・)とはお前らしくない言いようじゃないか」

「ああ、実はその駒那美と言う女を誰も見たことがない。多分そうじゃないかと言われているのが一人いるが、その姿を正確に知っているやつは誰もいないという」

「なんだよその怪異みたいな話は?」

「当たらずとも遠からずというやつだ。その女、駒那美は……時をまたいでいると言う話だ」


 時をまたぐ。その言葉に一つ思い出す。それは最近お世話になっているあの存在〝死人(しびと)〟だ。


「まさか死人か?」

「いや、違うとおもうが……すまない、詳細はわからないんだ。ただあの遊郭が出来た当初から、あの園を取り仕切っていると言われている」

「ますます怪しい話だな。死人じゃないとすれば……まさか(ふたば)? いやあの女はそんなところにはいないだろう……ならだれがいったい?」

「わからん。わからんが、その存在が本当ならば人ではないだろうな」


 流は「そうだな」と一言つぶやくと、前方に見えてきた薄明かりを発見する。どうやらそこが無法者の聖地〝永楽ノ園〟らしい。

 眠らぬ園という異名も納得の、怪しげな赤い光に照らされた建物群が空に向かって生えている。

 その幻想的ともいえる光景を、流はただ見つめることしかできなかった。



 ◇◇◇



 童子切は満月を見て憐れむ。その不変の美しさが滑稽にみえたのだ。


「不変の美しさなんて滑稽の極みだねぇ……」

「ええ……。あんさんがそう言ってくれてうれしいえ。あちきもそろそろ限界ですからえ」

「……すまなかったな。俺の駄々に突き合わせて、お前をこんなワケのわからない世界に連れて来ちまって」

「なにを今更……あんさんのためなら喜んで、あの責め苦にでも耐えてみせますえ」

「そうだったな、今更だったな。俺はお前が()いてくれた幸運に感謝しかないねぇ」

「ふふふ、やめてくんなまし。まるであちきが幽霊みたいな言い方は」

「あぁそうだったな。すまねぇ……ついつい本音がな」

「もぅ、本当に酷いおひと。だからこそ、あんさんが欲しくてたまらない。今すぐにでも、全てをあちきのモノにしたい」

「もうなっているつもりだがねぇ……やれやれ、なまじ生を持つと欲が出てきていけねぇ。だがそれが生の証というやつかねぇ」

「ええ。欲がこの世を作り出し――壊す。人とは滑稽な生き物ですえ」

「不変の存在が滑稽なのか、刹那に駄々をこねるのが滑稽か……楽しませてもらおうじゃないか、古廻の男」


 童子切は徳利をあおる。もうすぐ来るであろう祭りを楽しみに、満月を嘲笑(あざわら)い、凶暴な残った右目で天を穿つのだった。

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