474:遊郭の男
「嵐影、どっちか分かるか?」
「……マ」
「よし、そのまま進んでくれ」
「ランエイはなんて?」
「あぁ、このまま進んで行くといるそうだ。あいつの香りが風でながれて来たようで、それをしっかりと覚えているんだってさ」
「ふむ。お前の気配察知、そしてランエイの嗅覚での追跡。人探しにはぴったりだな」
「違いない……村の外が見えてきたな。エルヴィス、そこの入り口は王都側か?」
「そうだ、そこから抜ければ王都への道になる。この後は一本道で、ラーマンの速度なら暗いうちに王都へと付くだろう。が、一度戻るんだろう?」
エルヴィスは背後を見ながらそう流へと話す。しかしその答えはエルヴィスの予想外のことだった。
「……いや、このまま王都へと向かう」
「なんだって!? イルミス様やセリア様。それにルーセント将軍や、Lさんまで置いていくのか?」
「そうだ。実はイルミスから去りぎわに耳打ちされたんだよ。『王都で会いましょう』とな」
「どうしてまたそんな事を……一緒に行ったほうが敵への対処も楽だろうに」
「俺にも分からん。が、あのイルミスが考えなしに言うはずもないのは、お前が一番知っているだろう?」
「まぁそうだが……大丈夫だろうか……」
エルヴィスは不安になる。あれほど頼もしい仲間と離れ、しかも氷狐王もいない。たしかに流の強さはとてつもないが、それでも魔都である敵の本拠地なのだ。
不安に感じるなと言うのも酷なこと。それを感じたのか流はエルヴィスへと話す。
「心配するなって。実は色々と用意もあるし、頼もしいアイテムもあるしな」
「そ、そうかすまない。私は商人の中でも修羅場をかい潜ってきた自信はあるが、それでもナガレたちと過ごしたここ数日と比べると、な……」
「まぁその気持ちは分かるさ。っと、村を抜けたはいいが……どこにいるんだ?」
「マァ……」
どうやら嵐影も匂いを追うことが困難になる。どうやら敵は斥候のプロ、それも手練の存在らしく、自信の匂いを広範囲に拡散しながら逃げたようだ。
こまった表情の流をみつつ、エルヴィスは遠くを見る。どうせ行き先は一緒、ならば――。
「ナガレ提案がある。斥候を見失ったのは痛いが、ここは探すのをやめよう」
「エルヴィスおまえ……」
「どうせ探すだけ時間の無駄だ。なら行き先はわかっているんだ、このまま全速で進み王都へと向かおう。運が良ければ斥候を補足できるかもしれないからな」
「そう、だな。あぁそうしよう。よし嵐影たのむ!」
「……マママ!!」
流とエルヴィスたちは夜の草原地帯を爆走する。相変わらず周囲には斥候の匂いがあるらしく、嵐影は不快な表情で鼻を鳴らす。
「気にするな。それにしてもあの斥候はとんでもない速さだな。俺の世界基準でいうと、多分六十キロはスピードが出ているぞ」
「六十? よく分らないが、いまのこのスピードが破格だとは理解している。軍馬でもこのくらいは出せるが、悪路や森。そして川などを行くには格段に速さは落ちるからな」
「だな。しかし本当にどれだけ早いんだよアイツ……」
流とエルヴィスは姿すら見えない男が、とんでもない実力者だと考え込む。もし流たちがこのルートで向かってくると知られれば、高い城壁があり、魔法的な結界がある王都への侵入は容易なことではないだろう。
そんな心配をしながら、二人はラーマンの手綱を握りしめるのだった。
◇◇◇
「――月が翳る、か」
王都にほど近い場所にある、無法地帯に作られた遊郭街の最高級宿。その最上階の一室に男はいた。
その表情は朝まで安酒をあおり、その店の女将にどやされていたとは思えないほど、なにかを憂うような表情であった。
男は月が雲に隠れるのを見てさみしげに盃をあおる。右手を静かにおろし、空いた盃を見つめていると、桜の花がひとひら舞い降り朱色の盃におつ。
「風流だが艶がないねぇ……」
「あら、艶なら私がいますわよ?」
「……ますます艶がないねぇ。数百年ぶりじゃいか弐……。元気だったかい?」
「ええおかげさまで。愛する御方に傷つけられた傷の具合も最近は良いようですし」
「それでわざわざ俺を探しに来た理由――は、聞くまでもないか」
「うふふ。流石は天下五剣の男、童子切ですね。強敵の気配は察しましたか」
「まぁそういう生き方しか出来ねぇし……なにより俺もそろそろ生きるのに飽きたところさ」
そう童子切と呼ばれた男は盃を弐へと差し出す。弐は手に持っていた備前焼に似た徳利から白濁した酒を雪ぐ。それに片眉をあげ、不満そうに見つめる童子切。
「いやだねぇ……俺の心のように濁っていやがるたぁ見るのも不快だねぇ」
そう言うと、童子切は盃を窓の外へと飛ばす――が、鈍い光が走ったと思うと盃は八等分に切断され粉々になる。それを見た弐はとても優しく微笑む。
「あら、剣の腕は落ちていないようで安心いたしましたわ」
「俺がなまくらになったら、他の五剣にしめしがつかないからねぇ」
「そうですか……それを聞いて安心いたしました。ではまたお会いしましょう、『素晴らしい人生と義務の遂行』を」
「……自分に対する皮肉かい? 元主が聞いたらさぞ嬉し泣きするだろうぜ?」
「だとよいのですが……あぁ。やっと貴方に会えますのね……愛していますわ古廻様……」
そう言うと弐は闇に溶け込むように消え去る。その様子を黙って見つめていた童子切は、窓の外へとツバを吐き捨てるのだった。
いつも骨董無双をお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もうすぐ王都へ到着……ですが、その前になにやら不穏な感じです。
近いうちに重大なお知らせがあります。あ、書籍化とかではないので笑わないでくださいね。
(;・∀・)
では明日もお楽しみください♪




