473:王の狩場
「ん? お前は……そう、イルミス! 死んだとばかり思っていたぞ!!」
「嫌ですわ。腐った死体に知り合いはいなくてよ?」
「ちッ、相変わらず可愛げのない女だ」
「可愛げを魅せるのはホレた男だけですわ。あいも変わらず寄生虫ですのね」
「黙れ! 俺を寄生虫呼ばわりするやつは殺す。三百年前の恨みもある、きっちりと殺してやる」
「あら奇遇ですわ。わたくしも貴方を殺したいと思っていたところですわ」
その時だった、村の壁から滲み出るように影が抜け出てくる。そのまま影はゾルゲの元までくると、耳打ちをするように語りかける。
「やはりこの男は古廻の者……裏から回ってくるとは予想外だ。向こうの罠が無駄になった以上、俺は報告に行く。後は頼む」
「わかった行け。それとエスポワールのクズが復活したら言っとけ、テメーはだから雑魚なんだと」
「……承知」
そう言うと影はまた壁に染み込むように消えていく。それを見たイルミスは流へと話す。
「流はあの男を追って欲しいのですわ。せっかく稼いだ日数も対策されれば無駄になるかもしれませんわ。ですから、わたくし達がここをなんとかしますわ」
「だがコイツは何をするか分からない危険さを感じる……お前達だけを残すわけには」
「もぅナガレってば、私たちを信頼していないのかしら?」
「だがそうは言ってもセリア、敵兵も迫ってきているんだぞ」
「大丈夫じゃ小僧、ワシがお嬢様を命に変えても守るわ。それに相手が人ならば負けはせぬ」
「ルーセント将軍……」
「マイ・マスター! あたしも残りますから、あいつを捕まえてください。あたしが空から追っても、あの隠れるスキルでは見つけられませんから」
「Lお前まで……」
『流様大丈夫だよ、みんな貴方のことを信頼している。だから……ね?』
美琴にまでそう言われ、流は全員を見る。その顔は悲壮感どころか自信に満ちており、誰も死ぬなどとは思ってはいないようだ。
だからこそ流は決断する、このまま追うことを。
「……わかった、おまえたちの思いは無駄にしない」
「よかったですわ流。あの隠密に特化した男は、もうすでにかなりの距離を行ったはずですわ。でも貴方と嵐影ならば、追いつき見つけることができますわ」
「わかった。じゃあ頼むイルミス、そしてみんな……無事でまた会おう」
全員力強く頷くと流を見送る。だがそれを良しとしない男、ゾルゲが流に向けて黒い霧を放つ。
「誰がハイそうですかと行かせると思うんだ、アアアアン?」
ゾルゲが放つ黒い霧が流を覆いつくす。そのあまりの出来事にセリアは叫ぶ。
「ナ、ナガレえええええええええ!?」
「お嬢様……くッ、小僧がこんなにあっさりと」
「ぶぁ~かめぇ! 俺を無視して行くなど千年早いわ!」
ドロドロに溶ける流だったもの……。だがまだ生きているようで、ズルリと立ち上がり――ゾルゲへと噛み付く。
「ギャアアアアア!? 何だコイツ、そんな体でなぜ生きている、離せえええ!!」
「相変わらずこの手には弱いですわ。お忘れかしら、わたくしの魔法を?」
「パラダイス・シフトかッ!? イルミスやりがったな!」
「はてなんの事やら? ただ貴方がマヌケにそこのグールに霧を吹きかけただけでしょう? 汚らわしい」
「くっそ……まずはキサマらを全員始末した後、古廻の者を殺す。ッ!? いい加減に離せ!!」
ゾルゲはグールの首を短剣で跳ね飛ばすと、イルミスを睨みつける。
それを肩をすくめ、イルミスはゾルゲを挑発しながら、流の去ったほうを見つめる。
(流……頼みましたわ。ここはお任せなさい)
そうイルミスは思いながら、ゾルゲへと油断なく対峙するのだった。
◇◇◇
「くそ、どこだ? だがそれより……何だこれは……」
流は村に入り斥候の男を探す。が、村の内部があまりにも酷いありさまで驚いていた。
村人は人の形をした何かの死肉を貪ぼり、発狂している女を犯し、子供は大人を死ぬまで殴りつけていた。
あまりの異常さに、流石の流も吐き気をおぼえる。が、そこにエルヴィスが隣にならぶ。どうやらあそこに居ても足手まといと思い、こちらへと来たようだ。
「ナガレ……これが〝王の狩場〟と呼ばれる村だ。部外者には危害をくわえる事を封じられ、村人を極度に狂わせ、村から出ることができるのは、王が狩りをする時のみ。出るには魔法で解呪しないと出れず、常に暴力と狂気。そして女を犯し子を産ませ、それを――狩る。そういう村がここだ」
「狂っている…………大体子供なんて大きくなるまで時間がかかるだろうがッ!! 一体何を考えているんだこの国の王は!? まだゴブリンが可愛く見えるぞ!!」
あまりの惨状に絶句し、その後烈火の如く怒る流。だが美琴が流を現実に引き戻す。
『落ち着いて流様。今はここをどうすることも出来ないんだよ? やれることを……ね?』
「分かっているッ! 分かってはいるが、クソガアアアアアアアア!!」
流が妖人の力を開放し、吠えることにより村人たちは次々と気絶する。
エルヴィスは氷狐王のコインの加護によるのか、それとも流になれたのか、恐怖体勢がついているようでなんとか耐える。
その結果意外な結果がついてきた。そう、村人の獣じみた行動が無くなった分、斥候の男が去った方角を感じることが出来たのだから。
「見つけた、エルヴィスはどうする?」
「当然行くさ。どうせ俺がいてもあっちは邪魔だろうしな」
流は頷くと、斥候の男が消え去った方角へと嵐影を走らせるのだった。




