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468:善良な敵と、不出来な覚悟

 森は何も変哲もないよく見るものであったが、手前に人影が見える。どうやら斥候のようで、こちらを確認したことで慌ただしく動き始めたようだ。

 その数五名。関所にこの情報が持ち帰られれば流たちの接近がばれてしまい、関所の警備も厳しくなる。その結果は言わずもがなだろう。


「なぜこんな場所にいる」

「……小僧どうした?」


 ルーセントはそう言うと、流の考えを手にとるように理解する。なぜなら敵対しているとはいえ、明確に流に敵対していると言うわけではない。

 むしろ職務で敵対しているのだと流が考えているのがありありと分かる、煮え切らない表情だったのだから。

 だからこそルーセントは行動を起こす。「フム」と一言もらし口ひげを一無でした後、ラーマンの腹を軽く蹴り前へと進み出る。

 

「やれやれじゃな。いいか小僧、ここは戦場と心得よ。一瞬の迷いは己だけではなく、全員を殺すものと将は魂に刻め」

「ルーセント将ぐ――」


 流は止めようとルーセントに手を伸ばした瞬間、セリアが流の言葉を遮る。


「ナガレよく見ておきなさい。貴方がこれから進む道はこういうことなの。彼らは善良な人間かもしれない。けれど大抵の善良な敵は、私たちを遠慮なく――殺すわ」


 セリアがそう言った次の瞬間、敵兵の一人が魔法を放つ準備に入る。どうやら魔法師が一人いるらしく、ルーセントへ向けて風魔法を放つ。


「なめられたものじゃな……その程度の初級魔法如きで、この老いぼれが倒せるとでも思ったか!?」


 敵兵はルーセントが一人で突っ込んで来たことで油断をする。それは致命的な終わりの始まり。

 いま森に逃げ込めば助かる選択を捨て去り、各個撃破のチャンスと勘違いをしたのだから……。


「総員、各個撃破の好機だ! ここで手柄を立てれば王都へ戻れるぞ!」

「ちがいねぇ、お前の風魔法で切り刻んでやれ!」

「――風よ、収束して敵を切れ! ≪エア・カッター!!≫」


 詠唱を終えた魔法師の杖から、ルーセントへ向けて三つの風の刃が襲いかかる。

 大きさは直径三十センチほどで、触れたら腕くらいは切断できるだろう。

 だがルーセントはそのまま突っ込むと、三つとも剣で薙ぎ払い魔法師へと斬りかかる。


「なッ!? 俺の魔法がぎゃあああああ!」

「ふん、筋はいいがまだまだじゃな」

「クソっ! このジジイは手練だ、森へ逃げ込め!」

「残念じゃったな。こちらを見つけた時その判断をすべきだったな」


 そう言うとルーセントはラーマンから飛び降りると、逃げる兵士全てを斬り殺す。

 その手並みは実に鮮やかで迷いが一切ない。全て絶命したのを確認すると、剣を高速でふりきることで、血糊(ちのり)を飛ばし愛剣を鞘にしまう。

 そのまま油断なく森の奥を観察するが、他に兵はいないと分かると流の元へと戻ってくる。


「すまない、俺の覚悟が足りなかったようだ」

「相手が人ならば、いかに小僧が人外の強さを持とうが辛かろう。それは分かる……が、その優しさは全てを滅ぼす。ここはそういう世界だと思い、お主の異世界(こきょう)とは違うと心せよ」


 流はそれに静かに頷くと、死体に片合唱をして冥福を祈る。そして全員に向けて「行こう」というのだった。

 

 ガラン師に教えてもらったとおり、森の外縁部を右にすすむと岩場が目立ち始める。

 やがて森が終わる頃には人一人がやっと乗れるほどの足場が点在する、切り立った岩肌が目の前に現れた。


「おい……ここを登っていくのかよ……」

「想像以上にハードな場所ね。ルーセント、ちゃんとラーマンへお願いするのよ?」

「ハハハ……まさかラーマンに乗ってこんな場所を行くのか……ワシ、死んだかも……」

「歴戦の猛将がだらしないですわね。ほら、貴方の主はすでに行きましたわ」

「ハァ~お嬢様は恐れ知らずじゃからなぁ。頼んだぞラーマン、ワシはお前を信じとる!」

「……マァ」


 そう言うとルーセントはセリアを追う。ラーマンの足は人の手と同じくらい器用であり、力は当然その十倍以上はある。


 だから――こうなる。


「うおおおお!? ちょっと待てラーマン! 落ちる、落ちてしまうぞおおお!!」

「うるさいわよルーセント!! 静かになさい!!」

「しかしお嬢様ッ! ぎゃあああああ!?」


 しがみつくルーセントなどお構いなしに、岩場を登り始めるラーマン。それをどこかで見た光景とばかりに遠い目をする流は、美琴に語りかけられて思いだす。


『ふふ、殺盗団を討伐した帰りを思い出すね』

「あぁ……あれは生きた心地がしなかった……ほんとにお前達ラーマンは容赦ないよな」「……マッマ~」

「だな。嵐影(おまえ)だけが特別かと思ったけど、まさか全部がそうだとはなぁ」


 次々と岩場へ向けて飛び乗るラーマンを見て、流はため息を吐きつつも嵐影を撫でる。

 やがて流と嵐影だけになり、いつものように嵐影は平地を行くように岩壁を走りだすのだった。

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