457:無価値の合図
ギルドマスターの女は、流を睨みながら歩いてくる。全身が見えるようになると、その風体も明らかになる。
身長は二メートルほどの大柄で鍛え抜かれた体。そして一番特徴的なのがその衣服だ。どう見ても山賊か、よくて海賊の類だろうと思われるような身なり。
それがドスドスと床をきしませながら、乱暴に歩いてくるのだった。
「で、アタシのギルドで何をしてるんだい小僧?」
「その前に言うことがあるんじゃないのか? いいか婆さん、大人ってのは責任をとる生き物だ。まして管理者なら、まずはテメェの冒険者くらいしっかりと躾けておくもんだぜ?」
「言うじゃないかい……」
「もう大人なもんでな……」
一瞬即発。周りで見ていた冒険者たちはその威圧感に震え、一人が持っていた陶器製のグラスを手から滑らせてしまう。
灰色のあまり価値がないグラスが、無価値になるまで残り五十センチ。
ぶどう酒を空中に撒き散らせながら落ちるそれは、無情に床に叩きつけられ粉々になり、その異音が張り詰めていた空気を切り裂く。
二人はそれが合図とばかりに動き出し、まずはギルドマスターが流へと右拳を叩き込む。
それを左手の平で押し出すように、流の右肩の外へ打ち払う。それと同時に右足をさげ、ギルドマスターの右半身がむき出しになったところへ、流は左足で横蹴りを食らわせる。
「あまいねぇ」
そう言うとギルドマスターは横向きに飛び上がり、流の蹴りを躱したと同時に回転しながら流の頭上から蹴りを放つ。
「あんたもな」
流は左手に妖気で形成した〝鬼の小手〟を作り出すと、その蹴りを受けきってしまう。
そのまま逆に払いのけながら、ギルドマスターがよろけた体勢を整える瞬間の顔面へと向け、右ストレートを迷いなく放つ。
が、それをなんなく右手の平でつかみ、ギリリと掴みとめてしまうギルドマスター。二人は攻撃し、それを防御したままの姿でそのまま語らう。
「やるじゃないか婆さん」
「アンタもやるじゃないかい」
「ガキ、小僧。そしてアンタかい? だんだんと認められているようで何よりだ」
「それは当然だろうさ? なぁ極武の英雄、コマワリ・ナガレ殿」
瞬間ギルドホールはざわめく。その言葉の意味を彼らは一番よく理解しているのだから。
そしてとうの二人は口元を歪ませると、大声で笑い合う。
「「ハッハッハッハ!!」」
「やるじゃないかい! 連絡は受けていたから、いつ来るかと楽しみにしていたよ」
「あんたも凄いな! まさかいきなり殴り合いをするとは思わなかったが」
それを見たホールにいる冒険者たちは唖然としながらも、短い間に行われた攻防にため息をもらす。
「ハァ~すげーなぁ。あの〝百打のユリア〟と打ち合えるとか、初めてみたわ」
「ほんとよね。極武級って本当なのかしら……」
「本当だろう? じゃなければ、あの婆さんと打ち合えるはずがねぇ」
そんな冒険者たちの称賛を受けながら、流はユリアへむけて話す。
「それで俺が来るってどうして分かったんだい?」
「あぁ。先日ナガレが極武級、しかも二つ名持ちの『極武の英雄』になったと通知が来たからねぇ。それにさっきジジイから聞いたから、今回の一件の事も知っているさ」
「そうかい、なら説明もはぶけそうだ。それでいくつか重要な報告があるんだが……おい、ラース来てくれ!」
流は入り口で固まっていたラースを呼ぶ。ハッと気がつくようにラースは動き出すと、後ろにいる仲間の冒険者とシーラを連れてギルドへと入る。
出発した人数を把握しているユリアは、その帰還人数を見て即座に理解する。失敗したのだと……。
「ラースかい。あんたともあろうベテランが、今回はやっちまったねぇ……言い訳はあるかい?」
「いえ、ありません。名声に目がくらみ、多くの仲間を失ったのは俺の責任です」
「……そうかい。それでナガレ、あんたが出張ったって事は、無事にジジイの依頼は果たせたのだろう?」
「ああ、それは問題ない。そこの白いドレスの娘が爺さんの孫娘だ」
ユリアはそれを一瞥しうなずくと、ラースへと説明を求め話をうながす。
「まず何があったのかを聞かせてもらおうじゃないか」
「すまんが、それも俺が説明させてもらおうか」
「……できるなら当事者から聞きたいんだがねぇ?」
「それなんだが。ラースたち六名は、俺が主催するパーティーに入ることになった」
「なんだって!? こいつらは三星級だけどいいのかい?」
「ああ問題ない。ラースの獅子奮迅の活躍は実に見事だった。そしてここにいる仲間や死んだやつらもふくめ、依頼者のために命を捨てる覚悟をもった、全員尊敬すべき凄いやつらだ」
その言葉でここにいない、冒険者を思い出す冒険者たち。あるものは胸に手を当て、あるものは静かに目を閉じる。
そして静かに嗚咽をもらし、泣き崩れるものもいた。
「まるで見たように言うんだねぇ。ナガレは死んだやつらを知っているのかい?」
「ああ知っているさ。ちゃんと悲恋美琴で、迷いなく天へとおくったからな」
「あんた……そうかい、そう言う力もあるんだねぇ」
ユリアは流の腰へと視線を向ける。その先にある悲恋美琴を優しげに見つめ、それが本当なのだと理解するのだった。




