455:熱いコダワリは町を超えて
「氷の塊の中になにかあるようだが、それはいったい何だ?」
「あぁ、あいつはゴブリンキングだよ」
「……俺の耳がおかしくなったか? いま、ゴブリンキングと聞こえたが」
門番長は首を傾げながら、目頭を右手でおさえる。それに苦笑いをうかべながら、流は頷く。
「おたくの耳は健康そのものだよ。間違いなくゴブリンキングと言ったぜ?」
「ハァ~やっぱりか……ふつうなら『なんだとッ!?』とか言うんだろうが、氷のバケモノを見た後じゃ今更だな。ハハハ……」
「そう遠い目をするもんじゃないさ。やったのは俺を中心としたコイツら、三星級の冒険者たちさ」
その説明を聞き、周囲の衛兵たちも驚きの声をあげる。門番長もそれを理解したらしく、長めにため息を吐き出すと、部下に指示を出す。
「極武級が人外ってのは噂通りか……あんたと敵対してたらと思うと恐ろしいね。おい、そこの氷づけの死体を馬車に積み込め。極武級が冒険者ギルドへ凱旋だ!」
「ハッ! すぐに用意します!」
「一応していたがな? でもまぁ感謝するよ、ありがとう」
「いや、感謝するのはこちらだ。まさか近場にそんなものが育っていたとは……討伐、感謝する」
そう言うと門番長は右拳を左むねに当て、感謝の意をしめす。それに続く部下の兵士たち。
流はそれに一瞬驚くが、すぐにラースを見て右親指をサムズアップするのだった。
少しすると衛兵たちがゴブリンキングを馬車に積み込む。そのさい驚きと珍しさに衛兵が殺到するが、門番長はそれを嗜める。
だがその本人は、すでに色々な角度から眺めて満足した後であったが……。
「じゃあ馬車は借りていくよ」
「ああ、また来いよ。今度は普通にな?」
「前向きに考えておくさ」
そう言うと流は別の馬車に乗り込み、それに全員も三台の馬車へと乗り込む。
流の馬車を先頭に、冒険者ギルドへと進む後ろ姿を門番長は見送る。
「行ったか……」
「ええ。今日は色々大変でしたけど、実戦的な訓練をしたと思えば安いものでしたね」
「違いない。さ、後片付けをしたら呑みにいくぞ!」
「ええええ!? せっかく綺麗にまとまったのに……」
「なんだ、不満そうじゃないか? 日頃のキサマへの感謝もこめての慰労会。まさか断りはしないだろうな?」
「……はい、お付き合いしますよ。はぁ~」
副長は茜色に染まり始めた空を眺める。彼の受難はこれからが本番のようだった。
◇◇◇
――その頃冒険者ギルドへと向かう一行は、馬車の中で話し合いをしていた。
「だからな、さっき氷狐王の中でも説明したろう? 俺が召喚したワン太郎を中から守っていたって事でいいだろ」
「まぁたしかにそれでいいが……いいのか? 本当に」
「いいさ、嘘は言っていない」
「鈍いですわね、どう解釈するかは相手次第ですわ」
「まぁ……それはたしかにな。あぁそこを右に曲がったら、すぐ目の前にある白い建物だ」
冒険者が操る馬車は迷いなく大通りを進む。途中で大きな氷の塊を見た住民は、何事かと群がってきたが、中を見ると緑色の人の死体だと知り逃げ去る。
そんな無念に顔をゆがめたゴブリンキングは、鮮度バツグンでついに冒険者ギルドへと到着した。
「ここだ。まずは俺とナガレ。そして……って、あいつめ」
「パニャアアアアアア!!」
馬車が到着した瞬間、受付嬢と結婚する予定の男、オレオが馬車から飛び降りギルド内へと走りだした。ラースは困ったように首を左右にふると、続きを話す。
「そしてイルミス様もご同行願いたい」
「わかった。じゃあ行こうぜイルミス」
「ええ、よろしいですわ」
冒険者ギルドはトエトリーのものよりかなり小さい。だがそれでも商業の町・アルマークらしく、白く気品ある建物だ。
荒くれ者が出入りするとは思えない、気品ある細工が施された扉は、職人のこだわりを感じる。
さらにガラスがはめ込まれ、とても気の荒い冒険者が出入りする扉らしくなかった。
流はアルマークの冒険者たちが、実に理性的だと感心しつつドアを押して入る。
「あ!! ナガレまっ――」
ラースの声がなにか焦るように聞こえるが、そのまま扉を押し開く。すると――。
『ガシャ、ガシャシャガチャン!!』
突如扉の向こう側から響く破壊音。見ればドアにはめ込まれているガラスが、全て床に落ちて壊れていた……。
状況が分からず、扉を開いたまま固まる流。そこに間髪いれず、あの声が聞こえてくる。
「あ~あ~! ど~してくれるんだ~?」
「あにきぃぃぃ、痛てぇよ~! 俺破片で怪我しちまったよ~」
「なんだとおおおおおお!? オイオイオイ! そこの兄ちゃん、なんつー事をしてくれちゃったんだぁ?」
「ぐあああああ! 俺は腕が折れたあああ!!」
「なにいいいいいい!? お前もかあああ!? これは酷いなぁ、悪逆非道な冒険者め! お前のようなヤツは、同じ冒険者として許せん! 治療費と慰謝料をもらわんとなぁ、たっぷりと!」
入り口の近くで呑んでいたと思われる、少し身なりのいい冒険者たち。それが流を囲むように歩いてくる。
その様子を見たイルミスは顔をしかめながらも、流へそっと耳打ちするのだった。




