449:アルマークへ帰還~すりガラスの向こう側
「さ、シーラこれをあげますわ」
「わぁ……綺麗なドレスだゾ……」
イルミスはアイテムバッグから純白のドレスを出すと、シーラへと手渡す。
そのデザインは夜会、特に仮面をつけて出席するような際どいデザインとなっている。
胸部分は大きくはだけ、スカートはロングだが太腿の上部までスリットが入っている。
デザインこそアレだが、その生地・織り・縫いまで、すべてが一流の職人だとすぐに分かる作り込みだ。
それをシーラはうっとりと見つめ、嬉しそうに懐に抱きかかえると、すりガラスのような氷の向こう側へと消えていく。
「……なぁ。これって逆にエロくないか?」
「眼福ですね」「妄想が止まらねぇ」「狐の王様ありがとうございます!」
「うん、お前の今の一言はパニャに報告する。リア充死すべし」
「ったく、馬鹿なことを言っていないでこっちを向け。それでナガレ、まさかと思うが……その俺たちはその、氷狐王様の背中に乗るのか?」
「ん? あぁ……」
氷狐王をよく見れば、全員で乗れなくもないが少し狭い。さてどうしたものかと思案していると、氷狐王から提案がある。
「主よ。我の背は少し狭いゆえ、内部に乗ることを具申します」
「えええ!? 氷狐王の中って、お前に食べられるの? こわッ」
その言葉でラースたち冒険者の表情が凍りつく。まるで氷狐王に凍らされた人間の表情のようだ。
「食べると言えばそうなりますが……。まぁ見ていてください」
すると氷狐王は周囲から氷の塊を体に纏わせると、少し丸い体型になる。しゃがみ込むと、流へとむけ口を開く。
そのまま口を閉じずに話し始めるが、その様子が腹話術のようで滑稽だった。
「さぁ主。そのまま奥へとお進みください。他の者もみな続くようにな」
「うわぁ……違和感の塊だねぇ。じゃあ私は戻るね、みんなまたね」
そう言うと美琴は悲恋へと帰っていく。流は悲恋の鞘を数度撫でると、そのまま氷狐王の口の中へと入って行ってしまう。
イルミスも「嫌ですわねぇ」と後に続き、Lはなぜか頬を赤く染める。冒険者たちは思う。なぜだ!? と。
「ラ、ラースさん……俺は正直怖いです」
「まあ俺もだ。だがオレオ、お前だけここに残るか?」
「うぅわかりましたよ! 行きますよ!」
そう言うと受付嬢のパニャに会いたい一心で、氷狐王の口の中へとダイブするように飛び込むオレオ。
それを見たラースは苦笑いをうかべ、他の冒険者たちを先に氷狐王へと喰わせる。
少しするとシーラが氷の壁の向こうからやってくると、その姿にラースは目を奪われた。
「そんなにジロジロ見ないでほしいんだゾ」
「す、すまん。その……見違えたな。前の衣装もよかったが、グっと大人びたものだ」
「そう? えへへ、少しだけ嬉しいゾ。えっと皆はどこに行ったんだゾ?」
「あぁ、あいつらなら」
そう言うとラースは氷狐王の口の中へと入り込む。そして後ろを振り向くとシーラへと手招きする。
「こっちだ。全員が氷狐王様の口のなかに入っている。お前も早くこいよ」
「ええええ!? 食べられたりしないのか心配だゾ!」
「たわけが、誰が食べるか。それより早く入れ、出発するぞ」
「ひゃいッ!! 今すぐ食べられるんだゾ」
そう言うとシーラは勢いよく、氷狐王の口の中へと飛び込む。すべて氷で出来ているが、不思議と足元は滑らず、むしろ新雪のような柔らかさの後、弾力が足元から伝わる。
不思議だなと思いながらも進むシーラ。周りの氷の壁は、薄っすらと青く発光しており、さらに奥へと進むと、椅子が並んでおり、すべてが毛皮で覆われていた。
「わぁ~不思議な空間なんだゾ」
「お、シーラ来たか。これで不快な感触ともおさらばだな」
『だから、どうして、そう言うことを、言うかな? かな?』
「おっと失言。それより好きな所へと座れよ。意外と温かいぞこの毛皮の椅子」
「う、うん。じゃあ、ナガレ様の後ろの席に座るんだゾ」
「よし全員座ったな? 氷狐王出発してくれ!」
「承知。では走り出しは少し揺れますゆえ、気をつけてください」
そう言うと氷狐王は立ち上がり、草原を走り出す。その瞬間、背後へと体が張り付く感覚に全員が驚く。
だが毛皮の椅子がいい仕事をしており、その衝撃を吸収して体をホールドした。
さらに走り出すこと数秒後、両脇の氷の壁に亀裂が走り窓のように開く。そこから見る外の景色に一同は感動する。
特に流たち以外は、あまりの速さで移動している事が信じられない。だが高速で景色がながれているのを見て、これは真実なのだと理解したのだから。
そんな冒険者たちと違い、流は一人思う。「こんなに高速で移動しているのに、内部はほぼ揺れないのはなぜだ?」と。
一人だけその謎に頭を悩ませていると、窓の外から聞き覚えのある断末魔が聞こえる。
嫌な思い出がよみがえりながらも、その方向を見ると――。
「「「グギョオオオオ!!」」」
突如外から声がしたと思えば、窓の外を緑色のおかしな生き物が吹き飛んでいく。
「え……ゴブリンなんだゾ? どうして……え?」
「いやな、お前がさっきお着替えショーをしていた時に、たまたま見つけたんだわ。だから氷狐王は、ゴブリンの集落をついでに殲滅してるんだろうさ」
シーラと冒険者達は思う。「ついで」でゴブリンの集落を殲滅しながら進む、その恐ろしい力の中にいるのだと。
「ギョガアア!! バ、馬鹿ナ!? 俺ノ村――」
そう緑色の人間の大人サイズの何かが、首だけの状態で吹き飛ばされたのが見える。
その首が宙を待っている最中に、氷つき粉々に砕け散るのを冒険者たちは見てしまうのだった。




