448:イルミスの思い出は鮮明に~お手
「じゃぁ~ラースからだワン。お手」
「お、お手って……犬に俺がお手するのか……」
「犬じゃないワン、狐の王様だワン。今度間違ったら首を落とすワンよ?」
「わ、わかったよ。はい、お手」
ラースが右手の平を上に向けると、そこへワン太郎が短い右足を〝ぽむ〟と乗せる。
すると白煙が吹き上がり、その後にはワン太郎の顔が描かれた氷のコインが出来上がった。
ひんやりするコインだったが、溶ける様子はまるでなく透き通るそれは実に美しい。
「おおおお!? 凄いなこのコイン!」
「感動してひれ伏すがいいワン。ワレは王様だワン、多分エライんだワン!」
なぜか「多分」をつけてしまうワン太郎。どうやら自分の立場が理解出来たようでなによりと、流は満足げに三度うなずく。
美琴も「がんばったね、わんちゃん」と目頭を熱くする。
そんな様子を、いつのまにか悲恋から抜け出た向日葵が、イルミスの隣へと来てみてる。
「なにかしら、茶番を見ている気分ですわ」
「ふぇ~、茶番というか喜劇ですかね。いまいちですが」
「辛辣ねぇ貴女……。それより先程の件ですが、今は一つだけ。あの『鉾鈴』には気をつけなさい。あれは勝手に振る舞いすぎますわ」
「……わかりました。ご忠告感謝します」
そう言うと向日葵は霧のように消え失せる。それに内心「やれやれ」と思いながら、イルミスは流たちを見るのだった。
◇◇◇
それからコインに慣れるまで、小一時間ほど使いラースたちを慣れさせる。
徐々に氷狐王の恐怖の力にも慣れたようで、最初ほどの顔面蒼白の状態からは脱したようだ。
流は思う。これなら死なない程度で、アルマークへ戻れるだろうと。
「よ~っし、やはり三星級まで来ると伊達じゃないな。じゃあ本番だ。驚くなよ? ワン太郎頼む!」
「わかったワン。へ~んし~ん! とぅッ!!」
ワン太郎は瞬時に氷狐王となり、その全容をあらわにする。威圧などは当然していないが、その見た目だけでも凶悪そうな顔に、氷と毛皮の不気味な体。
さらに真っ赤に光る氷の目が心底怖い。それを見たラース以外の冒険者たちは、全員腰をぬかすように背後に尻餅をつく。
だがラースとシーラだけは気丈にも踏ん張り、その威容を受けて止めている。
流は「ほぉ……」と感心し、一つうなずく。そしてシーラへと話しかける。
「がんばって耐えられたなシーラ。しかもお前はワン太郎コインを持っていない」
「よくは分からないんだゾ。ただ怖いけど、我慢はできるんだゾ」
「ふふふ、シーラは魔法の才はありますわ。それがワン太郎から受ける恐怖心を、魔力で緩和してるのですわ。ただその使い方がまだまだ未熟」
「未熟なんだ……うん、今日で痛感したんだゾ。帰ったら魔法の勉強をし直して、イルミスさんより魔法をうまくなるんだゾ!!」
熱い視線でイルミスを見つめるシーラ。どこか昔の自分を見ているようで、思わず抱きしめる。
あの日、イルミスも千石へと似たような事を言ったのだから。
――千石ってば! 私も行くの!!
――あぁん? 駄目だ駄目だ。てめぇみてえな、ちんちくりんを連れて行けるほど安全な旅じゃないんでな。帰ぇれ、しっし。
――酷い! 犬じゃないし! それに私も剣術得意だし、その何とか流っての絶対に使いこなしてやるんだから!!
――あぁはいはい。じゃ、そーゆーことで。さいなら~。
――あ!? 待ってよ千石! 修行して絶対に千石より強くなってやるんだからね!!
記憶の片隅にあった懐かしい思い出が、この瞬間あざやかに蘇る。イルミスはシーラの髪を後頭部から二度なでると、彼女の顔を見つめながら優しく話す。
「大丈夫ですわ。その思いを忘れない限り、必ず貴女も高みへといけますわ」
「う、うん! ありがとうイルミスさん! 大好きだゾ!!」
シーラは元気いっぱいにそう答える。それを微笑ましく見ているイルミスだが、彼女の姿を見て思い出す。
「あぁ。そう言えば忘れていましたわ。ワン太郎、見えない氷の壁を作れて?」
「ふんッ、誰にモノを言っている。そんな事造作もなき事よ。その娘の着替え用のだろう? 我も気になっていたからな」
「ぁ……ぅぅ」
その言葉でシーラは顔を真っ赤に染める。それに気が付かない流は不思議そうにしていたが、美琴が何かを耳打ちしたことで大きくうなずく。
「シーラ忘れていた。スマン!」
「もぅ! どうしてそう言うことを言うのかな? かな? せっかく気を使ったのが台無しじゃない」
「ハァ~。本当にそういうデリカシーの無さも、千石様そっくりですわね」
「千石のような非常識な男と一緒にするな」
「千石様もきっとこう言うでしょう。こんな『骨董系鈍感子孫』と、一緒にするなと言いますわ」
流は思わず言葉につまり、「うッ!?」と一声上げる。そのまま遠くにいるゴブリンらしき影を見つめ、ラースたちへと「おれ、最初に戦ったのアイツらだぜ?」と、なぜか語り始める。
美琴はため息をつき、「ごまかした!?」と思い、ガクリと肩を落とすのだった。




