442:さらば、友よ
鉾鈴は流と美琴の中間に浮遊し、不思議な音色を奏でている。鈴だけのはずが、神楽笛や太鼓の音まで聞こえ、笙と言う神社で聞く独特な高音のものまで響く。
その幻想的ともいえる光景に、森長ですら見入るほど。冒険者たちやシーラも当然だったが、イルミスだけはどこか複雑な顔をしていた。
やがて美琴の舞が進む。すると森に潜む亡霊たちが徐々に集まりだし、向日葵が焚いた消えない火の周辺にまで来る。雨が降っているからか、みな一様に淋しげで悲しそうだ。
「……大殿様。これより姫の舞が激しくなります。その瞬間を狙い、妖力を姫の体めがけ『悲恋』で斬ってください」
一瞬流は何を言っているのか分からなかった。まさか美琴を斬れといわれるとは思わず、向日葵に問いただそうとした、が――。
「――分かった。このまま機を見て妖力で斬る」
それに満足した向日葵は一つ頷く。やがて悲恋を天にかかげるように両手で構えると、静かに妖気を込めだす。
その妖気は白を超え、妖人になった時の髪に酷似した、光る白銀へと変わる。
ぼやける妖気。それを刃へと集約し、徐々にその輝きを増す。それが完全に悲恋の刀身へと焼き付くように固定された刹那――。
「受け取れ美琴――白銀の一閃」
流は真っ直ぐ悲恋を打ち下ろすと、そこから白銀の斬撃が美琴へと向けて飛んでいく。
その斬撃は穏やかで、鋭く、やわらかで、斬り咲く。
美琴が扇子を右斜め上に掲げた瞬間、その背に容赦なく斬撃が着斬。瞬間、美琴の背に白銀の花が咲いたように、大輪の光が広がり全て扇子へと吸収される。
「流様……ありがとう。これでこの人たちも無事に還れるよ」
「ああ、頼むよ美琴」
それに無言で頷く美琴。そのまま扇子を横に∞を描くように舞わせる。するとその存在が徐々にあらわになり……。
「お、お前はジェス! それにルッガ!」
「ラースさん……弟のボルガまでいるぜ……」
「くッ、ヤンの兄貴まで……やはり死んでいたのか……」
冒険者たちは目撃する。そのありえない光景を。
それは死んだはずの仲間が姿をあらわし、ラースたちを静かに見つめていたからだ。
特に最後まで善戦した魔斧使いのヤンがいる事に、冒険者たちはショックをうける。もしかたらまだ生きてるかもと、少しの期待があったからだ。
そしてこの娘、シーラは大粒の涙をながし大声で叫ぶ。
「モスさん! ボクをかばってくれてありがとう!! ジガさん! わがまま言ってごめんなさい!! リリーさん! 生意気言ってごめんなさい!! パピイさん! 言うことを聞かないで魔法を使ってごめんなさい!! アドズさん! 太り過ぎって言ってごめなさい!! それにそれに……うわあああああああああ」
シーラは言葉につまり息ができなくなるほど、慟哭して許しを請う。
それに亡霊たちは応えるように、柔らかな表情になると光り輝き出す。
向日葵は事が成ったと確信し、シーラへと語りかける。
「シーラと言ったかな? もうあの霊たちは貴女を許している。だからそんな顔しないで、しっかりと見送ってあげなさい。貴女の泣く顔が忘れられなくて、戻ってこられてもこまるでしょ?」
そう言うと向日葵は曲がった烏帽子を傾けて、表情をおどけてみせる。
シーラはその言葉で救われた。だからこそ元気に一つ頷くと、亡き彼らへ向けて大きな声で告げる。
「みんな! 本当にごめんなさい!! そしてありがとう!! この恩は絶対に忘れないんだゾ!! 残された家族はボクが……ボクが大魔法師になって、かならず返すんだゾ!! だから安らかに天国へ行ってね!!」
シーラのその言葉で亡霊たちは一斉に天へと昇っていく。そして森の木々より高く昇りきると、雨に溶け込むように消えていく。
すると曇天が裂け始め、そこから光が差し込む。まるで天が彼らを迎えたように、静かに光は広場を照らす。
徐々に光は広がり、暗かった森の中まで明るくなり緑を輝かせた。
シーラたちは天を見つめる。彼らの姿はもうそこにはない。
そう……この世に未練はなく、無事に旅立ったと知らせるような、光の柱が曇天を割り、その向こうにある青空が輝いているのだから。
「みんな……ありがとうダゾ……」
そんなシーラの隣に流は立つと、彼女の肩に手を乗せる。そして「よく頑張ったな」と一言告げる。
シーラは流の顔を見ると、強く頷く。その顔は泣いていたが、無理に笑って死者に心配をかけまいとする、彼女の気持ちが分かるものだった。




