436:弟者はクマー? 兄者はくま~!
森はいまだに燃え盛っていた。そんな森の中に、一匹の青白い毛皮の小狐が天を眺めている。
曇天が徐々に濃くなっているようで、急速に黒い黒渦が天に形成されていく。
「これは予定を変更して、一気に消せそうだワンね」
ワン太郎はすでに消火活動をしていた。燃え盛る木は氷に閉じ込め、さらに燃えている木を分厚い氷で覆う。
だがやはりワン太郎が危惧していた通り、隣の木も凍りついてしまうのが歯がゆい。
そんな時、いよいよ雨が降り始めるのが間違いないようだ。
「この燃え方なら、本体に戻ったほうがいいワンねぇ。でもこっちが楽だワン」
などとブツブツと独り言を言うワン太郎。どうやら最近こっちが本当に気に入っているようだ。
そんな王の威厳を捨て、まったりモードのワン太郎だった――が、突如鋭い目つきになると、急速に本体である氷狐王へと姿を変る。
さらに目の前に氷の盾を二枚同時に展開し、迫る二つの攻撃にそなえる。
「ッ!? 何者だ!! 我を氷狐王と知っての狼藉か?」
「おやおや、これはどうしたくま~。ただの犬じゃないと思っていましたが……」
「兄者~どうやら違うクマー」
氷狐王を攻撃した二つの蹴り技。それを放ったのは、身長二メートルほどの筋肉質の人間だった。
ただその人間の姿をした、正体不明の二人の顔は……熊だった。熊人間だった。コワイ。
兄者と呼ばれた熊人間は、全身黒く目は金色だ。対してもう一人は全身が白く、目もやはり金色だった。
「熊人間? いい度胸だ。凍りついて死ぬもよし、塵も残さず崩れ去るもよし。選べ、この氷狐王へと楯突いた罪。その体に分からせてやろう」
「兄者~なんか犬が怖いクマー」
「弟者よ。なんか寒いくま~」
二人は目線を合わせ、コクリと頷く。そして同時に開口一番。
「「これは……冬眠の季節!!」」
「でも今目覚めたばかりクマー」
「うむ。弟者の言う通り、責務を果たさねまならんくま~」
「責務だと? キサマら、一体何者だ? 今は森の火を一刻も早く消化せねばならん。ことと次第によっては、キサマらの命は助けてやろう」
氷狐王は思う、「この二人は封印された樽に関係しているのでは?」と。その推測が、兄者の口からすぐに明かされた。
「ん? 怖い犬よ。お前が封印を解いたのだろう? ならば排除すると言う意味くま~」
「何ッ!? 封印が解けただと? そ、それではもうすぐここは爆発するというのか!」
「兄者ぁ。もしかしてこの犬は違うクマー?」
「弟者よ、俺もそう思うくま~。すると怖い犬よ。お前は敵じゃないくま~?」
「もとよりキサマらに攻撃する暇など無いわ。ここの火災が広がれば、最悪ここ一帯が壊滅するかもしれないからな」
兄弟は顔を見合わせ頷く。そしてピシリと直立すると、九十度に腰を折り頭を下げる。
「「ごめんクマ~」」
「そうか、やはりな。その只者じゃない力、隠そうとしても漏れ出す強者の気配。キサマら、封印の番人だな?」
「そうくま~。弟者といっしょにここの番人をしているくまよ。突如封印が解けたことで、目覚めたくま~」
「そしたら目の前にヤバイ犬がいたクマー。なら犯人は犬だと思ったクマの。ごめんクマー」
二人はまたしても丁寧に頭を下げる。意外と良い奴らだと思い、氷狐王も謝罪する。
「いや、我も言い過ぎた。ゆるせ。して、キサマらはここの主の事は当然知っているのだろう?」
「それは知っているクマー。な、兄者?」
「無論だくま~。あの方より守護を任されているくまよ。それで犬はこうなった理由を知っているくま?」
「うむ。実はな――」
氷狐王はこれまでの経緯を話す。それを聞いた二人は渋い顔をすると、氷狐王へと話し始める。
「そうだったのくま。じゃあ犬にここは任せてもいいくま~?」
「うむ、もとよりそのつもりよ。それに……来たか」
頭上を見上げる氷狐王。今にも落ちそうにまで膨らみきった黒い雲は、ついに限界をむかえ恵みの雨を降らす。
それと同時に突風が吹き荒れ、森全体を風で煽る。
「では任せるくま~。弟者よ、広場へ行くくま~」
「わかったクマー! では怖い犬。任せたクマー」
そう言うと白と黒のクマ人間は、疾風のように駆け出し消える。
氷狐王は気配で彼らが凍りつかない「安全圏」に入ったと確認すると、上空へを一睨み。
「これで鎮火だ。リディアル平原より晴れぬ霧よここに現われよ!≪霧氷招来!!≫」
氷狐王はそう吠えるように言い放つ。すると上空、五十メートルほどの高さに、野球ボールほどの青黒い渦が出来上がる。
それが広がり始めると、一気に爆散! そこから無数のダイヤモンドダストより大きい氷の粒が弾け飛ぶと、吹いている突風に乗って延焼している隅々まで行き渡る。
下からの熱風と、雨によりすぐに溶けた氷の粒は、そのまま雨の勢いを増し森を鎮めていった。
「まぁこんなところか。いい風が吹いてくれたから助かったが……封印の番人、か。あの二人何者だ?」
氷狐王はまだ燻っている森を見つめ、流の元へと向かった二人のことを思うのだった。




