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434:七つを味わう漢

(グウウウウウ、ぐぞう゛!! このまま殺られてたまるかッ。あの娘の血さえ肉ごと(すす)れば、確実に復活する!!)


 急速に迫る黒い霧に、冒険者たちは焦り始める。それは分散していた霧が一箇所に集まりだし、さらにこちらへと向かって来るのだから。


「お、おい……霧がこっちへ?」

「ッ!! ラースさん逃げましょう!!」

「クソッ。お前らはシーラを連れて逃げろ! 俺が食い止める!」

「ラースさんアンタまた一人でそうやって格好をつけるのかい? なら俺も今回は残るぜ」

「なら俺もだ。お前ら三人は嬢ちゃんを連れてけ。あとは頼む! あとギルドに行って俺がお前らを守って死んだって、アイツに伝えてくれ」

「っく……分かった。行くぞ嬢ちゃん!」


 冒険者たち三人はシーラへとそう叫ぶ。が……。


「ぼくもここへ残るんだゾ。ありがとう、その言葉は一生忘れないゾ。だから三人は行くんだゾ!」

「ばっきゃやろう!! くそッ、ああそうかよ!!」

「ちッ、お前また……」

「まったく仕方ないですね」


 三人は顔を見合わえると、一つ頷く。そして。


「ここまで生き残った仲です。なら死後も同じ仲間としていたいものですね」

「それに乗った。おれも一口かませろよ」

「ハァ~そうですかい。そろいもそろって馬鹿ばっかだな? ま、俺も馬鹿ってこったな」

「お前ら……」


 三人はラースとシーラへ苦笑いを浮かべると、腰の武器を抜刀する。

 そして「さぁやってやろうぜ」と言うのだった。

 迫る黒い霧。その距離残り十五メートル。それが徐々に近づくと、形が現れる。

 まずは上半身が〝ヌルリ〟と湧き出し、右肩が痛々しい姿で近づくこと残り七メートル。


『流様! しっかりして!!』


 美琴の声が届いたのかどうか……。流は天を睨むように見定め、腰へと手をのばす。

 そんな事をしている間に、シーラたちまで残り四メートル! 

 いよいよこれまでかと思った次の瞬間だった。流はおもむろに腰の袋から白い小ツボを取り出すと、そのフタを開け放つ。


 虹が――広がる。比喩でも何でも無く、本当にツボから「虹が立ち昇る」のを全員が目撃した。

 それがまるで扇のように広がりを見せた瞬間だった。蜜熊は無論、イルミスやL。そして冒険者たちまでその光景に魅了される。


 そして当然一番香りに敏感な個体。そう、吸血熊もそれに大きく反応する。

 シーラまであとわずかと言うところで、体を〝ビクリ〟と震えるように止まる。さらに首がもげるような勢いで、グルリと振り向くと流を睨む。

 正確に言えば「白いツボ」をだが、それを見たまま固まる。そして――。


「そいつをヨコセエエエエエエエエエエ!!」


 流の持つ白いツボ。それはアルマークの町でドワーフの鍛冶師より預かった、「七色蓮華蜜」と呼ばれるモノ。

 それは八宝蓮華蜜のような香りだけではなく、視覚・香り・味まで完璧なあらゆる蜜の中でも最上位に君臨する「蜜の王者」である。

 すでに血肉が最上のご馳走と思い、それを実行してきた吸血熊だったが、元・蜜熊の本能がそれを呼び起こす。

 

 流へ向けて殺到する蜜熊を蹴散らしながら、その血肉には一切目もくれずに、一直線に流の元へと飛んでくる。

 それを見た流はニヤリと口角を上げると、もう一つのアイテム「風の紋吉」と呼ばれる赤い風車へと語りかける。


「助かったぜ紋吉。本当にあっという間に『風が届く』んだなぁ」

『ぷぁっぷ~当然だぷ~。五老のやつら、最弱で約に立たないとか言いやがって。帰ったら自慢してやるんだぷ~』

「ははは。俺からも大活躍だったって言ってやるよ」

『本当ぷ~? 頼むよ流! あ、怖いのが来たから俺は戻るぷ~』

「はいよ、また頼むぜ」

『まっかせるぷ~』


 そう言うと風の紋吉は風に溶け込むように消える。この赤い風車は、異怪骨董やさんの「神の宿る骨董品」だ。

 その中でも〝約たたずの最弱〟とまで言われた物で、風を使用者の思い通りに届けるという事しか出来ない。

 だが今回ほど、それが役に立ったことはないと流は思う。五老曰く、「そんな約たたず、好きに持っていくがいい」と、規制にすら引っかからなかった事に感謝をする。



『紋吉ちゃん、嬉しそうだったね』

「ああ、五老に馬鹿にされてたからな。と、来やがった。美琴準備はいいか?」

『うん!』

「あぁ気持ち悪い……ん。待てよ? ちょっとだけなら」


 流は向かってくる黒い霧を見て、先程の悪夢を思い出す。そしてふと、七色蓮華蜜のいい香りで気持ち悪さが緩和されたのを感じ、おもむろに指をツボの中に入れ――舐める。


「ギャアアアアアア!?」

『ちょ、ちょっと流様何してるんですか!?』

「………………」

『えええええ!? なんで泣いているのーーー?』


 迫る吸血熊。その距離二十一メートルほど。流は目から大粒の涙をながし、迫る吸血熊をジット見据える。

 そのまま静かに片膝立ちになると、七色蓮華蜜の入ったツボをソット地面へ置く。

 さらに縮まる距離、残り十三メートル。流はその姿勢のまま、悲恋を地面に軽く突き刺し動かなくなる。


『本当にどうしちゃったの流様! 来てる、もうすぐそこにいるよ~!』


 美琴の叫びも聞こえないのか、流は微動だにしない。その様子まるで彫像のようであり、呼吸すらしていないように見える。

 焦る美琴。だが吸血熊の勢いはますます上がっているように見え、その距離残り九メートル。


『流様いいかげ――』

「――美琴」


 流は美琴の言葉を遮るように、落ち着いた声で語りかけるのだった。

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